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2012年4月

2012年4月30日 (月)

4月30日のビジョン・人との関わり

今日のビジョンは、自適さんと一緒に大きな船に乗っている場面が出て来た。

部屋がいくつもあって、どこに行っても、怪物やお化けみたいなものがいて、

気分が悪くなり、そこから早く出たいと思っていた。

すると、知り合いの人が平然とした様子で現れた。

どうも、その人が運営している人のようで、主催者であることが分かった。

次の場面では、山を歩いていたら、見たことのない動物が茂みから現れた。

何だろうとと思っていたら、黒くて大きな狼だった。

狼が右手を口に咥えてきた。

しばらくして手を出そうとしても、ギュッと咥えたままで、離れないまま、目が覚めた。

最初の場面では、主催者自身はスッキリしていて、特に問題はないようなのですが、

そこに集まって来る人たちは、かなり大変な状態であるということであり

船は、その主催者の運営する場を表しているのでしょう。

停泊したままで、運行はしていなかったので、停滞することを暗示しているのかもしれません。

狼は

いろいろな意味があるようですが、私もずいぶん前に、メディスンカードを持っていました。

「狼(ウルフ)」は、「教師」であり、「家族愛」の象徴といわれています。

日本でも「おおかみ」の語源は、「大神」から来ているともいわれているようです。

動物の象徴を調べれば、神にもなれば、悪の象徴にもなりますから、どこをどう見るかですけど。

大神に神憑かれているから、大丈夫なんでしょう。

2012年4月28日 (土)

4月28日のビジョン・直感

最初のビジョンは

どこかの日本料理のお店が出て来て、私にここの店で働いてほしいと頼まれた。

店で働いている男性は、走って通っているから

走ってくれば車がなくても大丈夫と話していた。

ほかの女性は

私は何時から何時までだから、時間が都合がいい時間を優先してくれると言ってきた。

全員が歓迎してくれているし

とても感じのよさそうな人達なので、ここで働いてみようかなと考えていた。

次は

どこかの男の子が通るために、父親が通学路の視察をしている場面。

トンネルがたくさんあるので、大丈夫かなと気にしていた。

次は

車がギリギリ通るか通らないかの狭い通路を

車を運転していたが、広い道路に出ることが出来た。

次は

自動車学校のような敷地内で運転をしていた。

次は

車で子供と一緒に出かけることになっていたが

直感して急に気が向かなくなったのでやめることにした。

そのあと、未来のビジョンの映像を映し出したというものを購入していた。

そのVTRを見てみると

車を運転している場面が現れて、スピードが出過ぎて、ブレーキを踏んでも効かない。

それで、周りの車にぶつかりそうになって

ある車が怒って、わざとブレーキを踏んだりして、車をぶつけて来た。

そのあと、私が道路に座り込み、地面を叩いてくやしがっている様子が見えた。

その横に子供がケガをして倒れているのが見えた。

そのVTRを見て

「直感に従って行動して、本当に良かった~。こうなる所だったんだね。」と

隣にいるパートナーと、ホッと胸をなでおろしたという内容。

最後に

また最初の日本料理屋さんが出て来て、私はアルバイトの見習いのような立場にいた。

周りで働いている人たちは、みんな着物を着ていたので

私用の着物はないか聞いてみたが、誰も取り合ってくれないので

バイト見習いだから仕方がないんだなと思って、普段着にエプロン姿のまま手伝っていた。

その日の仕事が終わって、帰ることになった。

でも、その日で私は辞めるような感じになっていて

お別れのあいさつをしてそこを出ていった。

最初は気付かなかったけど、書いているうちに

一貫して車の運転に関することが映されてきています。行動に関することでしょう。

ビジョンのビジョンでは

最初の場面で、ブレーキが効かないところなんかは

自分が車に乗っている感覚があったのに

最後の場面では、自分の姿を眺めていたので、変な感覚でした。

料理屋に関することは

その場の雰囲気や、周りの人たちの説得で

頭で考えて「よさそうだ」と判断したものの

時間差で、最後の場面に続きが現れて

その場の雰囲気に流されて行動しても、続かないという結果を見せられました。

最初と最後のビジョンに

行動の仕方についての流れが挟まっているのが、面白いなと思いました。

私はやはり、直感に従って生きることを大切にしようと、改めて感じました。

見えない道も、自分に正直であること。直感を信頼することで、開いてきました。

直感は瞬時に答えを導き出してくれるのですから。

同時に直観を磨くことも必要ですね。

昨日は、中山の山の神さまの祠にたどり着きました。

昨日のビジョンの、「中山さんと、山上さん?」

2012年4月26日 (木)

4月26日のビジョン・幼い頃

今日のビジョンは、生家の裏にある松永さんの離れの家が出て来た。

現在と同じように、誰も住んでいない様子で、さびれていた。

子供のころよく遊びにいっていた。

おじいさんは神社を守っている方で、物静かな人。

1年に1回、出雲にお参りに行かれていた。

おばあさんは、いつも縫い針でチクチクと、着物を縫っておられた。

私は、着物を縫うのを、見るのが好きだった。

私は4、5歳のころ、近所を練り歩くのが好きだった。

保育園は、登園拒否をするほど嫌いだったけど

近所には自ら出向いていたし、毎日おばあちゃんの農作業に付いて回っていた。

一人で遊びにいって、おばあちゃんたちの仕事を見たり、手伝ったりするのが楽しくて

1日に何軒かハシゴをして回った。

どの家も、見事なくらい、それぞれキャラクターの濃いおばあちゃんたちが、揃っていた。

なので、私はよく物真似をして見せると、おばあちゃんたちが喜んで笑ってくれていた。

背が高く、もの静かだけど笑顔が素敵なおばあちゃん。

小柄で背中の曲がったスタコラサッサと足の速いおばあちゃん。

口元に特徴があって、それを真似しても、全然怒らずに笑ってくれた優しいおばあちゃん。

お寺の奥さんで、凛として懐の深い、回覧板を持っていくと

いつも「ご厄介さん」といって、お菓子をくれていたおばあちゃん。

小さくてか細く、妖精のような可愛らしい声で、何回「ゆかです」といっても

「あらまあ~、しずかちゃんね~。」と名前を間違えて

「あらまあ~、ごめんなさいね~。ゆかちゃんだったわ~。おばあちゃん、もう年でね~。」

と、いつも「かわいらしいわね~。」と

毎回繰り返し同じ会話なんだけど、またそれが楽しいおばあちゃん。

明治生まれ、大正、昭和を生き抜いて来られた人たち。

亡くなってしまったので、深い話は聞けなかったのですが

生き様が顔や雰囲気に現れていて、それぞれが素敵な存在だったなと思います。

90歳から100歳くらいまで、皆さん長寿でした。

なんだか、昔を思い出しました。

昨日、「崖の上のポニョ」を観たので、5歳のころの自分が蘇ってきたのかもしれません。

私の本質の「天真爛漫」。

自然の中で走り回ったり、子供たちといると、顔を出します。

今日のビジョンは、これだけです。後は、深くて覚えていません。

昨日は「竹」で、今日は「松」なので、縁起がよいとしておきますか。

2012年4月25日 (水)

4月25日のビジョン・ビジョンが現実につながる瞬間

最初の場面は、不良っぽい男子学生たちがいて

学校の廊下に作業台が並べられているのが見えた。

次の場面は続きのようで

私が大きな青竹を1本抱えていた。男子学生がずらりと並んでいて

電動のディスクカッターで切る準備をしていた。

次の場面は

一人のひとが評価されているという内容で、その人は調子に乗っていい気になっていた。

実際はそれほど評価されるようなものではなく、評価されていないひとの方が

いいものを作っていたというもの。

いいもの、というのは「オムスビ」だった。

そして、評価されていないひとというのは、私のことだった。

次の場面は

「常識的だわ」と言って、何人かの人を褒めながら料理を作っている年配の女性がいた。

給食かお弁当のようなものを作っていたので、私はそれを手伝っていた。

料理の内容が、「ゆでたまご」と「ゆでたまごのサラダ」と

「ハムとレタスを巻いたもの」だった。

今日のテーマは、世の常識と、それに対する評価。

学校の校風に合わないと、不良とレッテルを貼られたり

反抗すると罰を受けるということもあります。学校での常識が基盤になります。

青々とした竹は、若者たちを現しているのでしょう。

竹藪に入り、タケノコを収穫したこととも、関係あるのでしょう。

竹の根の張り具合といい、まっすぐ節がしっかりして

大きく真っ直ぐ育ち、しなやかで折れにくい。

様々な用途に使える。

環境に優しいなど。

知れば知るほど、すごいですね。

早いときは1日に1メートル伸びることもあるそうですから。

しかし、手入れをしない竹藪は、荒れ放題で、環境にもよくない影響を与えかねません。

竹の性質を調べてみると、子供たちの育つ環境とつながる部分が多いなと感じました。

竹を電動カッターで切るというので

それが今の常識になっている象徴なのかなと思いました。

ほとんど道具が電動になっていて

昨日電気屋さんにカメラの修理に行って、いろいろ見物していたら

「電動鼻毛カッター」とか「電動耳毛カッター」があり、新たな発見でもありました。

それが常識にまでなっているのかは、分かりませんが・・・。

後の場面も

その人の基準で評価されるかどうかが決まる、という内容です。

ですから、ある人から評価されないから、価値がないというわけでもないんですね。

人それぞれです。

最後の料理の内容は

その人の常識を表していて、それを基準に人を見ているということが、よく分かりました。

何か新しい発見があれば、また常識や評価も変わっていくのでしょう。

青竹のように大地に根を張り、まっすぐに伸びていけたらいいなー。

~永徳寺~

4月18日のビジョンで「永徳寺」というのが出て来ていて

私は昔、近所にあった店の名前としかイメージがわかなくて

しかもどこかにあるのか調べる気持ちも、その時は全く浮かばなかったんですね。

23日に、大洲に向かう途中で、自適さんに「ちょっと寄ってみようか」といわれて

車を停めると、看板が目に飛び込んできました。

『十夜ヶ橋 永徳寺』 「ん?永徳寺~!?」ということで、ビックリ。

前にも行っているのに、寺の名前とか余り覚えないので、失礼しました。

自適さんへのメッセージで、空海さんがいらっしゃるということで

通りすがりに意識は向けていたものの、半年ほど立ち寄っていませんでした。

けれど、ちゃんと行くような流れになっているので、不思議です。

空海さんとは、ご縁が深いようで、馴染み深い、ありがたい存在です。

2012年4月24日 (火)

4月24日のビジョン・変なかんじ

今日のビジョンは、まず屋久島のことが出て来た。

次に、見たこともない、汚いものが床に転がっていた。

虫みたいな、埃の塊のような、真っ黒くろすけみたいに可愛くはないけど

そんなものを拾って捨てた。

福岡に、母と一緒に里帰りをしていた頃の雰囲気で、懐かしい光景が出てきた。

修学旅行みたいな雰囲気で、和風の建物に泊まる。

昔の同級生の歩美ちゃんが出て来た。

最初の屋久島の夢ですが、昨日は書くまでに至らなかったのですが

「聖老人」と言葉が出てきていました。

今日、屋久島の夢だったので、ついでに「聖老人」の話をすると

「山尾三省さんに関係がある」とのことで

10年前の今日、屋久島に着いて最初に訪れたのが

山尾三省さんのお墓だということでした。

自適さんのビジョンでは、石垣さんが出てこられていましたが

山尾三省さんの友人であり、三省さんの本「聖老人」は

野草社(石垣さんの会社)から出版されています。

「そういえば、そうだったな」と、当時のことを思い出しましたが

私の記憶からすっかり消えていたので驚きました。

次の場面は

昨日、会った人の背負っている垢のようなエネルギーを感じて

その場に一緒にいられなくて、頭が痛くなっていました。

その処理を眠っている間にしていたのだと思います。

それと同時に、自分自身の古い垢が落ちていっているので

古い懐かしい記憶が、蘇ってきて、次の夢に繋がっているのを感じました。

私は、母親と12歳の時、生き分かれを体験していますが

その時、必死に忘れようとして、記憶から母の存在を消そうとしたことで

いい記憶、思い出まで消えてしまったという経験があります。

段階を経て、その封じ込めてしまった扉を開くと

良いも悪いも関係なく、それに関連する記憶が蘇ったり、表面化してくるのです。

不思議なもので、母が亡くなってからの方が

逆に私の知らない母のいろいろなエピソードを聞かせてもらい

寂しさもありつつ、こころが温まりました。

純粋に福岡に行っていた記憶、楽しい気分でした。

修学旅行も、歩美ちゃんが出て来たので、6年生のときの修学旅行でしょう。

名前も美しく歩く、でいい感じです。

~変なかんじ~

昨日は、ログインできないので、電話で「ログインできないんですが」と言うと

「O(オー)」ではなく「0(ゼロ)」ではございませんか」と言われて、「0です。すみません。」

今日は、パソコンがうまくつながらないので

お店に行って、「接続出来ないとなるんですが」と見せると、すぐにつながった・・・。

カメラの画面が何回スイッチを入れても切れてしまうので

お店に行って、「画面が暗くて・・・」と見せると、パーッとついた・・・。

・・・。

Oと0のミスは、私の単純ミスです。

パソコンの接続も、一旦電源を切っていれば

出来たのかも知れないので、もうちょっと確認すればよかったかもしれませんね。

けれど!カメラは、かなり前から何回やっても

画面が薄暗くなって切れるのを繰り返していて

これは修理に出さないと無理だなと思っていくと、何で急に付くの???

よく考えたら、1年半ぐらい前にも、パソコンの電源のコードが繋がらなくて

修理に持っていったら、「どこにも問題ありませんけど。普通に使えます。」

ってことで、持って帰ったら、確かに直っていたことを、思い出しました。

なんじゃ、こりゃ。

持ち運ぶと治るのかい?

テレビを叩くと直るみたいなこと?

単なるドジな人か?

結局、カメラは他にも問題があるので、点検には出してみたけど

画面のことだけは、どうも解せないな。。。

奇跡とかと結びつける気はないけど

「変しなこと」は、チョコチョコあるのも事実なので、また気が向いたら、書いていきます。

2012年4月23日 (月)

4月23日のビジョン・風任せ

最初のビジョンは

高い岩山の上に、警察官の人たちが10人くらいいて

順番にバンジージャンプをしていた。

紐が垂れ下がっている横に、介助の人が一人、飛び込み台のような所にいて

誰かがジャンプをするごとに

大きくバウンドして上下に揺れる台の上で、揺れが治まるのを必死に耐えている様子だった。

見ているこちらが恐怖感を覚えるほど、ものすごく高い場所で揺れ動いていた。

それを見ている自分は、ただの一枚板の上に寝たまま、上を見ているのだ。

その板の上には、自適さんとビリケンさんが縦一列で乗っていた。

その板は、線路の上を走っている様子で、荷物も何も持っていなかった。

それを上から見ていた警察官が不思議に思って

「あなたたちは、何をしているんだ」と声をかけて来た。

自適さんが「次の場所へ向かっている」というような意味のことを、答えていた。

寝たままの姿勢で、そのバンジーの光景を見ながら、そこを通り過ぎた。

次の場面は、その続きのようで、きれいな景色の場所を、移動していたというもの。

次は

知り合いの人が出て来て、私に対して「完璧に自分に合わせてほしい」と求めて来た。

私は「お互いが会ってから、波長が合うまで、調整が必要です」と答えたら

「なるほど」と納得してもらえたという内容。

次は

友人に「高速バスでも、道が混むからちょっと時間はかかるかもしれないけど、

金額も変わらないし、必ずたどり着けるから、大丈夫だよ」と伝えた。

まず、警察官のバンジージャンプなんて、見たことないな~と思います。

板に乗って進むなんていうのも、楽しい体験でした。

自適さんに話すと「軌道に乗っているのかな」と言ってくれました。

線路を走っているというのは、そういうメッセージなのかも、と思います。

順調に進んでいるってことでしょう。余計なものは、何もいらないのでしょう。

それとは反対の世界に、警察官の人たちがいました。

高い所まで登って行き、恐怖を乗り越えて

崖の下に飛び込んで行かなくてはならないという、命がけというものでした。

運転手もいない、壁も、荷物もない、ないないづくしで

板が平坦で真っ直ぐなレールの上を

仰向けで寝たまま進んでいくのとは、大違いです。

お互いが「あの人たちは、何をしているんだろう?」と、不思議がって見ていたのです。

次の場面にもつながりますが

これから、ますます、波長の合う、合わないが、ハッキリと分かれてくるのでしょう。

その兆しは、すでに現実に起きています。

噛み合わないもの同士は、近くにいても、すれ違う、または、かすりもしません。

同じ時間を共有すれば、合ってくる場合もありますが

無理に合わせようとしても、内面的なものが違ってしまえば

同じ空間に居続けることが出来ないのです。

どちらかが、良い悪いではなく、ただ違うということです。

そして、無理に合わせる必要もないし、自分に合ったものが、引き寄せあう

波長の法則がかなり強く反応し始めたのではないでしょうか。

眠っている間に、深い闇に遭遇することもあります。そこで、癒しや浄化を行うこともあります。

エネルギーレベルでの処理と同時に、現実でしっかり向き合うこと

潜在意識での深い癒しが起きると、そのテーマは終了したという合図にも繋がります。

そして、新たな現実が起こります。

私は小さい頃から、恐怖の世界に住むように設定されていました。何もかもが怖いのです。

恐怖の数を数えたら切りがないほどでした。

しかも、恐怖が現実化することが多かったのです。

ある時期から、その恐怖を乗り越えるというテーマに取り組んできました。

しかし、今日のビジョンを参考にすると

恐怖の世界とは反対側に位置しているようだし

嘘やには、惑わされない、騙されないという自信がつきました。

そして今朝、

「四つ葉のクローバ」がまた目に「ポーン」と飛び込んできました。

それを現すような出来事が起こりました。

先日も少し書きましたが

計算や打算、純粋でないエゴで作り出した考えは、現実化しないということです。

計算打算同士は、くっ付きますから

その世界ではもちろん現実化はあり得るのでしょうが、長くは続かないでしょう。

なぜなら、光はどんどん日ごとに増して拡がっているからです。

誰もこの地球上にいるすべてのひとは、空気中で受け取っているのです。

ただ光を吸い込んで、光の量が増している人は

居心地がよく、そうでない人は、居心地が悪くなるにしかすぎません。

ただし、本当に光を吸い込んで受け取っているならば

純粋意識で生きている人はいいのですが

ほとんどの場合、闇が浮上してくるのが自然の流れです。

一時的に居心地が悪くなるかもしれませんが

光が隅々まで届いているという証です。

それを乗り越えれば、軽くなります。

どんどん軽く小さくなれば、何も持たずして、軌道に乗ることが出来るのかもしれません。

2012年4月22日 (日)

4月22日のビジョン・船出

今日の最初の場面は

一緒にいた妊婦さんが、6ヶ月くらいなのかなと思っていたら

急に産気づいて、お腹を押さえて「産まれる~」というので、驚いて介抱をはじめた。

お腹をなでながら、呼吸法を一緒にしてみたけど

陣痛の感覚がだんだん短くなってきて、あっという間に産まれそうな雰囲気なので

病院に行かなければと思った。

そこには赤ちゃんもいたので、そこの家のおじいさんに留守番と子守を頼もうと考えていた。

すると、おじいさんは家の外に

ぼんやりした表情で出て行ってしまったので、頼める状況ではないと判断して

赤ちゃんを抱っこして連れて行くことにした。

赤ちゃんを抱っこして、ふと見ると、もうひとり幼児が泣いていた。

「ええ?もう一人いたの?」と驚きつつも、ほっとく訳にもいかず

両腕に2人を抱きかかえて、いざ「病院へ向かうぞ~!」と思ったとき、パッと目が覚めた。

続きが心配だと思ったが、続きは別の場面だった。

お父さんが子供を連れていて

その子が大手術を控えていて、もう手術後には身体を動かせることは

無理だろうということだった。

それに感動した人が、みんなで協力して、運動会が開かれることになった。

その準備の集まりで、駐車場に車を止めている場面までが映った。

次は

小さな子供サイズの洗濯物が、軒下かベランダのような場所に

めいいっぱい干してある場面だった。

小さくカラフルで、かわいいというイメージ。

自適さんが船長さんの服装で登場。「出発しようか」と。

今日の出産準備シーンは、本当に冷静さと焦りとが同居していました。

寝ている間も、フル回転といった感じで、眠った気がしなかったです。

途中だったので、続きが出るかと思ったら、違っていました。

たまに、続きがある夢の場合がありますが、いい夢の時はいいですけど

怖い夢の続きは、さすがに眠るのが嫌になります。

あまりに嫌な夢の時

「あれ、これは夢に違いないから、起きてみよう」と目を覚ましたこともあります。

それはさて置き、陣痛が思っていたより早く始まってからの、展開の速さに驚きました。

何か動きが早まるとのことでしょうか。

次の場面は

何か大変なことをきっかけに、皆が協力して、行動を始めるとのイメージですね。

次は

洗濯物ですから、洗い流して、日光に当てる。浄化です。

最後の船長さんの服装は、頭にかぶっている帽子で分かりました。

「出発しようか」は

今日のテーマからすると、何か動きが始まるという合図なのかもしれません。

2012年4月21日 (土)

4月21日のビジョン・ルバーブ

最初のビジョンは

車で自適さんと、どこかの駅に寄り、改札を通る。

駅員さんにいくらか聞いて、一駅分支払った。

改札を出て、また車で、どこかの神社へ向かうことになった。

神社の名前が書いてある白くて細長い立札があって

そこから真っ直ぐに進んだらいいというのが分かった。

さっきの駅をふと見ると

駅の線路があるはずの空間に、5人一組で、8グループ、40人ぐらいの人がいた。

緑、黄緑、黄色、水色を組み合わせたようなお揃いの服を着ていた。

パン屋さんの中を歩いていた。

パンが並べられている棚を見ると、「ルバーブパン」というのがあった。

パンの上に淡い緑色のルバーブらしきものがのせてあって、おいしそうだなと思った。

店員が高橋大輔さんだった。

反対側を見ると、高級宝石店があった。誰もお客さんがいなくてガラーンとした雰囲気だった。

高い位置から撮影した自然の写真。

私が撮ったらしい。

見ると、フワーンと高いところから吸い込まれるように、写真の画像がが動いてた。

虹がかかったキレイな色の飲み物が出て来た。

今日のビジョンも?よく分かりませんが・・・。

電車に乗っていないのに、改札を通って

お金を支払うというのは、そこの土地に入るには、関所じゃないけど

許可がいるということなのでしょうか。

実際にこれから行く場所なのか、分かりませんが、気に留めておくことにします。

お揃いの服の人たち、変な感じでした。

ルバーブを調べたら

お菓子やジャムなどに使用されている野菜で、長野県で栽培されているみたいですね。

赤から緑まであるそうで、私の夢には緑色のもので、細長いものがのせてありました。

実際に寒いところが適地なようなので、私も栽培してみようかな、と興味が湧きました。

高橋大輔さんが、なぜ店員なのかは謎ですけど。

イギリスなどでは、当たり前に食べられているそうなので

選手としてあちこち行かれていうので、食べたことがあるのでしょうか?

「おススメですよ」と言われていたので・・・。

反対側に高級宝石店が、対照的に現れたというのは

ブームになるものと、ブームが去るものとの意味なのかもしれないと感じました。

虹のかかったジュース。

これも、ルバーブを調べると、とてもきれいな色をしたジュースが写真で出ていたので

これもルバーブに関係あるんでしょうか?

写真は、説明しにくいですけど

近くなったり、遠くなったり、という感じで動いて、

まるで高いところからヒューッと下に落ちていくような錯覚になるような感じでした。

今日は、この辺で。

2012年4月20日 (金)

4月20日のビジョン・中庸

最初の場面では

緑色の体操服を着ている小柄な中学生たちと道ですれ違った。

次は

肉付きのよい家族がいて、ファミリーレストランで、楽しそうに食事をしていた。

中でも子供はソーセージが2本のった大盛りご飯を、パクパクとうれしそうにほお張っていた。

他にもフォアグラとか、コッテリした料理が並べられていた。

そこに知り合いの人が2人が現れて

「白い花の咲く野菜を食べれば、毒出しになるから大丈夫}と言っていた。

玉葱が現れて、大きな穴の開いた袋に入っていて

穴が開いていないとダメだといわれた気がした。

次は

小さな青い鳥が現れて、手のひらにのせた。

顔はセキセイインコに似ていて、とてもかわいくて

インコの半分くらいの大きさで、とてもきれいな光沢のある青色をしていた。

次の場面は

田んぼか草原のような場所を背景に、石が空中に浮いている。

中央に鳥居の形をしたものが2つくらい重なっている。

その両脇に2つずつ四角い形の石が浮いている。

鳥居の奥にも2つの石が浮かんでいて、それぞれに中心に穴が開いていて

それぞれ違うマークが刻まれていた。

そのバラバラの8個の石が、ユラユラと揺れている。

それがある瞬間、マーク同士が重なり合って、新しいマークが現れるという感じ。

十字架のように見える瞬間もあった気がする。

最後に

自適さんと一緒にどこかに案内されて、懐石料理の食事会に参加している場面が出て来た。

緑色の服の人たちは、みんな先住民族のような顔立ちで、ずいぶん小柄な感じでした。

内に秘めたパワーを感じました。

肉食家族は、幸せそうでした。

ただ闇雲に否定するのではなく、身体のためには、野菜を取る

毒だしをする必要があるのでしょう。

私は○○主義とかではないのですが、

添加物や農薬に汚染されて、アレルギーを嫌というほど体験したので

身体が嫌がるもの、取り入れないということを心掛けています。

2人の方は

ファミリーレストランに行くような人ではないんですが

柔軟な考えの人なんだなと思いました。

実際、その後に現れた玉葱も、白い花が咲くものですし

ネギやクレソンなども、白い花が咲くので

毒消しには白い花が浄化に作用するのかもしれません。

次は、「青い鳥」。

青い鳥と言えば、「幸せの青い鳥」というのを浮かべてしまいます。

メーテルリンクの「青い鳥」が、有名なようですが

聞いたことはあっても、なぜか一度も物語の内容に触れたことがなかったので

調べてみました。

「幸せは遠く(外側)に探しても見つからず、すぐ近く(内側)にある」というような

哲学者でもある、メーテルリンクのメッセージが込められているようです。

それを見て、昨日の四つ葉のクローバーと同じだなと思いました。

幸せに限らず

何かを追い求めている時は、求めているものの本質が何であるかすら見失ってしまい

見つからないことに対して、苦しみもがいてしまいます。

お釈迦さんが、苦行をしても悟れず

極端な修行を止めて中道の大切さに気付いて、悟られたことが思い出されます。

そして、先ほどの食事の場面も

バランス、すべては中庸、調和を表している気がしました。

すでに手にしている「永遠の幸福」。

夢からも、現実からも、そして、夢が叶うというメッセージをしっかり受けいれます。

昨年の8月に、初めてお会いした人に手招きをされていってみると

「あなたは不思議な人だ」「周りの人がみんな幸せになる」

「最初は理解されないかもしれないが、仕事を始めなさい」と言われました。

それ以前からも、何人かの人から同じようなことを言われても

なかなか行動に移しませんでした。

なぜなら、自分が幸せを感じていないのに

人を癒したり導くことは出来ないと思って来たからです。

本当かどうかは、行動してみないと結果は分かりませんけど

私は200枚近くの四つ葉は

人が幸せを感じられる、気付くために働く時期が来たというメッセージのように感じました。

空中に浮かぶ様々な形の石たち。暗号のような図形。

ユラユラと空中に浮かぶ姿は、不思議な光景でした。

今日のビジョンは、不思議な、正に「夢」ならではの世界観でした。

2012年4月19日 (木)

4月19日のビジョン・幸せと夢

最初に

車が2台目の前に現れて、どちらかを選ぶことになった。

薄紫色のイメージで、新しい軽いコンパクトな車を選んで、運転席に座った。

次の場面は

古い石像が立ち並んでいる、中国の古代遺跡のような場所が現れた。

大きな段差がある石段を、何かの乗り物に乗ったまま移動していた。

普通に歩いては移動できないらしい。

新しい不思議な乗り物に、子供たちが乗っている場面が見えた。

ドリームズカムトゥルー(Dreams come true)の吉田美和さんが現れた。

美しくキラキラ輝いていて、素敵だった。

********

今日は、乗り物がいろいろな形で出て来ました。

車は「魂の乗りもの」を象徴するものでしょう。

とても居心地のよい空間でした。

運転席に座ったところまでなので、出発はまだこれからなのでしょう。

古代の遺跡のような場所は、石段の一段がとても高くて

人が歩いて移動できるような感じではなく

何かの乗りものに乗ったまま空中を移動する感覚でした。

不思議な乗り物の説明も、難しいですね。

ジェットコースターでもないし

空間を移動しているような何人か一緒に乗れるもので

皆な楽しそうにしていて、遊園地のようなイメージもありました。

最後に、ドリカムの吉田美和さん。

「Dreams come true」の意味も調べてみましたが

名前の由来はハッキリは分かりませんでした。

「Dream come true」なら、「夢は叶う、実現する」になるので

それに近い意味だとして、今までにないもの

夢が現実化するとのメッセージだと受け取れます。

そして、吉田美和さんの素敵な姿は

夢が叶った人の喜びの姿の象徴とも受け取れるものでした。

夢に登場した乗り物は、どれもまだ現実には無いものばかりでした。

眠っている間に見る「夢」と

現実になってほしいと願う「夢」の大きく分けてふたつがあるわけですが。

これからの時代、夢といっても、欲の絡んだ願望や計算は、叶わないと思っています。

純粋な願いは、きっと叶うとも思っています。

実際、私はそれを実感しています。

昨日も、四つ葉を160枚ほど、見つけました。五つ葉も、六つ葉も、なんと七つ葉まで!

クローバーの象徴を調べると

四つ葉は「健康・愛・希望・信仰」で、幸せの象徴とされています。

五つ葉には、プラス「財運」、六つ葉には、プラス「名声」

七つ葉には、「永遠の幸福」という意味があるようです。

諸説ありますが、まさか七つ葉まで見つかるとは・・・。ビックリしました。

今までも、どん底っていう気分の時

ふと「四つ葉」が目に飛び込んでくる、という経験が何度かあり

その後で、幸福感に満たされるという体験をしたので、まんざら偶然とは思えません。

四つ葉も、あまりに目に飛び込んでくるので、思い切って探してみると

どんどん見つかるので、無我夢中で追いかけていたら、160枚。

全部、写真に撮っていたら、寝る前に目を閉じると

四つ葉の残像が・・・。

最初のビジョンはこれでした。

2,3日前から数えると、200枚を超えてしまいました。

探そうとして七つ葉は、朝、山にタケノコが生えているか、見に行く途中で

偶然見つけたものです。

無心でいるからこそ、与えられたのだと思います。

ただボーっとしていて、頭が真っ白だからと言えるかもしれませんけど。

何だか、うれしい気分です。

2012年4月18日 (水)

4月18日のビジョン・6年前の出来事

今日のビジョンは、「永徳寺」という場所が出て来た。

場面が変わり、3人の男性が現れた。

その男性達は、周りの人に溶け込めない感じで

精神的に危ない世界に入り込んでいる様子だった。

そのうちの1人は

「自分は妻も子供もいるので、いちおう昼間はサラリーマンをして自分を隠している」

と言っていた。

他にもビジョンはあったけど、詳しく覚えていない。

それというのも

私は眠っている間、ずっと「中山さん」に関係のある神様なのか

エネルギーに意識が繋がったまま、「うれしい うれしい」と喜んでいる意識で

埋め尽くされていたので、ビジョンの方は、あまり覚えていない。

昨日、「中山さん」から、自適さんに電話があったんですが

私も2006年の6月に「大山祇神の100年大祭・紀(トキ)の祭り」に参加した時に

お会いしています。

古い時代からのご縁だとのことで、気さくにいろいろお話させていただいた記憶があります。

当時の様子を少しご紹介してみます。

6月11日の大祭の朝、海の中を白い玉が数珠のように連なっているのが浮かんで

目がパッと覚めると、朝6時丁度で、その時間は「大祭」のためにお供えする「海水」を

代表の人が汲みにいく時間とピッタリだったようです。

大祭の時に、中山さんが「アワのうた」を奉納された時も

内側から熱いエネルギーが込み上げてきて

何かが生まれそうなたまらない感覚になりました。

私は大祭に「石」をお供えする役割もさせていただいたので

何かエネルギーが入ったのかもしれません。

その日は地元の方たちと直会をして、楽しい時間を過ごし、近くの宿に泊まりました。

翌朝、5時半に目が覚めると

感謝の気持ちが湧き上がって来て、自然に涙が溢れて来て、止まらなくなり

号泣していました。

なんと4時間近く、滝のように涙が流れて来て

水分がどこから出てくるのかと思えるくらいの勢いで

なんとも不思議な体験で、神様が喜んでおられるのと

自分自身とが重なっているようでした。

ようやく治まったところで

自適さんの事務所に行ってドアを開けると

ちょうどドアに鍵を閉める寸前でのタイミングでした。

中山さんの方にメッセージがあって、矢筈の神社に向かうとの事でした。

私のその日のビジョンも、仙人みたいなおじいさんが現れて

「あそこは大事な場所だ」と伝えられていたので

約束をしていた訳でもないのに、一緒に行くようになっていたみたいです。

矢筈の神社で、私は玄米ご飯のおむすびを持っていたので、それをお供えしました。

中山さんが「アワのうた」を奉納されましたが

そこでも内側からエネルギーが感応していました。

ということで、長くなりましたが

中山さんと関係する神様なのか、意識体とでもいいましょうか

何か深いご縁があるようで、一晩意識がそちらに向いていました。

今朝、届いたメッセージにも、「うれしきなるぞ うれしきなり」という個所があって

夜中に「うれしい うれしい」と伝わって来ていたメッセージと、繋がりました。

「今まで陰で努力しても日の目を見なかったものが

ひっくり返ってそちらのものが日の目を見ることになる」とのメッセージを受け取ったので

「大山祇大祭」に参加を決意したのですが

なかなかそうならない世の中だと思っていました。

6年経って、ようやくその時期がやってきたのでしょうか?

2012年4月17日 (火)

4月17日のビジョン・天国のドア

最初に

おばあちゃんの実家、「御領」という地名の「重政家」の人たちが

集まっている場面が見えた。

次は

母親の思い出話をしている場面だった。

次は

光に満ち溢れた自然の景色を背景に、写真を撮っていた。

清々しい気分。

次は

男性から電話がかかり、いろいろ話をしていた。

電話なのに、その人の姿が見えた。

次は

服を着替えるというものだった。

最後に

私は二階にいて、赤ちゃんがドアを開けて、入って来た。

すごく懐いてきたので、抱っこをして遊んでいたら

家族の人が一階にいる様子だったので、抱っこして降りていった。

最初の場面は、暗い世界でした。

祖母も、母も、どちらも昨年、あの世に帰っています。

光の世界が、次に現れたのは、良い兆しなのではないかと思います。

先祖の残したカルマの浄化に費やした1年だったとも言えるくらい

大変な日々を過ごしました。

あの世に帰る前に

その人に与えられたテーマは、やり遂げて行ってほしいものですが

なかなかそうもいかないのでしょう。

亡くなると、子孫の方に持ちこされてしまいます。

一段落ついたというメッセージのようです。

次の場面では

電話をしていて、はっきり声も聞こえるのですが

その人の姿も見えたので、変な感じですね。

気さくな性格の人で、明るい感じでした。

会えば、分かるでしょう。

会う前に、夢で逢っている人、けっこういますよ。

次の

服を着替えるという場面については、定期的に出てくるのですが

自分自身が新しくシフトする、変化する時に、現れます。

今も、そんな時期だという現れです。

最後の場面、赤ちゃんが可愛かった~。

赤ちゃんがドアを開けて入ってくる、まさに新しい段階への切り替えでしょう。

天国のドアか?

天使のお迎え?

一階に下りるということは、まだ何かをする必要があるのでしょう。

赤ちゃんと共に降りていくのは

純粋な意識を保ったまま、現世界で活動をすることが大切だということなのでしょう。

この世での活動が、先祖供養に繋がるんですから。

と、前後の夢をつなげてみました・・・。

今日もとりあえず

ただ純粋な気持ちで、周辺に捨てられているゴミを拾うことにしますか。

2012年4月16日 (月)

4月16日のビジョン・御札

最初の場面は

所狭しと家が立ち並んでいる町の様子が見えた。

ガラス越しに店の人がいるのも窺えた。江戸時代の現代版のような風景に感じられた。

バス。

TOKIO(トキオ)が出て来て

私が何かの働きをしなければ、立ちゆかない、ということが知らされてきた。

何かお札のようなものが出て来た。

またV6が登場。

今日のテーマは、ジャニーズじゃないでしょうな・・・。

お札(おふだ)と打ったら、(おさつ)と同じ漢字だということに気付きました。

V6と言えば、この間の「MADE IN JAPAN」。

日本製のお札ということになります。

おふだとおさつは、なぜ同じなのか、すごく気になるな~。

と思って調べてみると

「おふだ」は「神札」と呼ばれていて

「おさつ」は「紙幣」のことで、新しいものは「新札」と呼ばれていて

「しんさつ」でも、言葉がかぶっているんですね。

同じ漢字を使用していて

「神」と「紙」でも、「かみ」、だんだんダジャレになってしまいそうですが・・・。

日本から、切り札が出されるのでしょうか?

2012年4月15日 (日)

4月15日のビジョン・学校

今日のビジョンは、学校がテーマ。

学校の教室にプロゴルファーの石川遼くんがいて、授業が行われていた。

すべて英語で話されていた。

私は、少しだけ遼くんと会話をしたが、内容は覚えていない。

次は

小学校の同級生の雄くんが出てきた。

5、6年生の時、好きだった子で、初めて夢に登場。

勉強もスポーツも得意で、性格もよく、皆から慕われるリーダー的な存在だった。

次は

学校のような場所に、お相撲さん、関取がいた。

横綱のような存在感があった。

次世代のリーダーを、育てていくことが、大切なことなのだと思います。

5、6年生までに、それぞれの子供に向いている道、可能性を見出して

育てていくのが、親や大人たちの役目なのでしょう。

そこに目を向ければ、どんどん芽を伸ばして、結果を出していけるし

好きなことであれば、苦しいことがあっても、続けていけるのかもしれません。

プロと呼ばれる人は、学び続ける意欲のある人なのだと思います。

学ぶ楽しさ、喜びを知ると、さらに成長していけるのでしょうね。

2012年4月14日 (土)

4月14日のビジョン・出会い

今日は

ある知り合いの方の主催の講演会のチラシが映って来て

ハッキリと見えたけど、私はそれとは別の集会に参加することになっていた。

どこかの家の中に、車のまま入って行くと

そこにはバイクや自転車が並べられていた。

私は空いている場所に駐車した。

その場の雰囲気は、軽い和やかな感覚で、周辺にいた人達も、感じのいい人たちだった。

という内容でした。

最近、いろいろな方たちにお会いする機会がありましたが

何か共通するものがありました。

スッキリした気分で、人間捨てたもんじゃないな、と思えてきます。

そういう感じの人たちと、これからも出会っていくのかな?

2012年4月13日 (金)

4月13日のビジョン・現実の目に映るもの

色々な場所に行って、色々な人にお会いして

新しい場所に宿泊する、ということが続いていました。

さらに睡眠時間が短いとなると

そちらにエネルギーが集中して、夢の内容も、短くポイントだけになります。

ここ数日は、ほとんど、現実と夢とが交わっている感覚で

今の動きと、その日にお会いする人と関連した内容が続いていましたので

境目が無くなっているようでした。

潜在意識と、顕在意識に、ギャップが少ないというのか、今の動きでOKなようです。

ビジョンからメッセージを受け取るというよりも

お会いした人たちから、メッセージを受け取ることの方が、大切だったような気がします。

以前、あなたは神からメッセージが届くだけではなく

人が神や天のメッセージを、あなたに届けるのだと言われたことがあります。

それは、夢であろうが、現実であろうが、関係ないのです。

でも、言われたことが、全部正しいわけでもないので

ちゃんと聞く耳をもって、識別もしています。

目の前にあるもの、目に飛び込んで来るすべてのものから

メッセージを受け取ることが出来ます。

あらゆるところにアンテナを張り

自分自身の中で、しっかり吟味して、必要なメッセージだけを、受け取るよう心掛けています。

2012年4月 9日 (月)

4月9日のビジョン・JAPAN

最初に

手のひらが大きくクローズアップされて見えた。

指先(中指のあたり)から先の尖った容器で何かを流すと

血管と血液の流れがクッキリと浮かび上がり

紫色からきれいな鮮やかな赤色に変化して、とてもきれいだった。

そして「赤外線」と「ヘモグロビン」と浮かんだ。

次は

とても感じのいい家族が現れて

家族で協力して農業の講師をしているらしく

そのことについて、「他の皆さんは、どんな印象を持っていますか」を聞かれたので

「いい感じのようですよ」と答えたら、安心してほっとしていたという内容。

最後に、V6の「MADE IN JAPAN」の曲を何人かで歌っている姿が見えて

「その歌、私もうたいたい!」と思って歌っている場面で目が覚めて

しばらく頭の中を曲が流れていた。

今日のテーマ。透明感・日本の血・美しさ

手のひらを流れていく血管もそうですが

皮膚も透明感があって、とても美しいもので、不思議な感覚でした。

「赤外線」を調べてみたら

ヘモグロビンは近赤外線をよく吸収するらしく、皮膚も透かしてしまうそうで

あまりそういうことに関心がなかったので、ちょっとびっくりする内容でした。

血管美人を目指そう!キレイな血が流れている人でありたいです。

そのために、食事や、心をキレイにすることを心掛けたいと思います。

次の夢は

目が覚めた時には、さっぱり見当が付かなかったのですが

農家のご一家を明日訪ねていくことになって

もしかすると、その家族ではないかなと思って、楽しみにしています。

歌の場面、「MADE IN JAPAN」 「日本製」「日本製品」です。

「japan」は小文字だと「漆・うるし」と訳されるんです。

かつて世界一を誇った

日本製「MADE IN JAPAN」は、随分減って来ていますし

伝統的なものも、後継者が育たず、衰退していっているのが現実です。

日本の精神、それを現実に創造し表現し続けてきた伝統文化。

ありとあらゆる世界で、日本人ならではのセンス、繊細さや緻密さを活かしたものが

失われていっていることは、とても残念なことです。

どのような分野であれ

ひとつのものを形にして、それを次の世代へ受け継いで、色を変え、形を変えながらも

存続し、伝え続けて来た過程においては

膨大なエネルギーが注がれてきたのにもかかわらず、衰退するのは

なんとも呆気ないものですね。

漆は

縄文時代から接着剤にしたり、塗ったりして使われていたそうです。

日本と呼ばれるずっと前から、この国に存在する太古のエネルギーは

綿々と受け継がれてきたのでしょう。

「漆」の語源は「麗しい」から来ているという説もあるようです。

「麗しい」と「日本」が「japan」という、共通の言語で結ばれている。

「日本製」を誇る「麗しい」製品、日本人の中に宿っているものが

麗しいものであることを、再認識することが必要なのかもしれないですね。

「麗しい」という言葉の意味も調べたら、素晴らしいものばかりでした。

昨日、お会いした方たちのお話の中で

「日本が使い捨て文化になっている」

「外国製の安いものに、日本製のものが太刀打ちできなくなっている」

という内容がありました。

「MADE IN JAPAN」、歌詞は載せられませんが

なんだかいい兆しが感じられる曲ですよ。

6人の男性達が「V6?」・・・。

2012年4月 7日 (土)

4月7日のビジョン・現実とビジョンの連携

今日のビジョンは

湖のほとりを歩いていたら

反対方向から、数人の人たちとすれ違うということしか、覚えていない。

「あらら・・・ビジョンを書き始めたとたんに、ネタ切れ状態か~」と、

まるで夢をネタ扱いして、目が覚めた。

すると、今日書くことが、浮かんできたので、ほっと安心。。。

昨日(4月6日)の最後の所で

「白土さん」に関する夢を、正夢なるか

みたいにちょっとジョークを交えて書いてみたのですが

実は面白いことに、本当にそうだったので、笑ってしまいました。

これには、現実と夢とのコラボレーションともいえる

流れがあるので、一部ではありますが、書いてみます。

3月21日に、「130度30分カーブの所」と

うなされるくらい何度も何度も浮かんで来て夜中に目が覚めた。

3月26日には、「白土さんに、夢を報告すると 大丈夫、いい感じ」というようなビジョン。

4月1日に、また「130度30分カーブの所」と、また眠っている間に浮かんできた。

言葉が浮かぶ場合や、ビジョンが見えなくても、存在感を感じる場合もある。

昨日4月6日に、白土さんに「あなたは、どういう関係でここに来たのか」と聞かれ

「夢のお告げです」というと「気に入った」と言って喜ばれたというビジョン。

実際、3月19日に、東経130度30分の位置関係を調べに行ったら

港のところがカーブだったので、21日のメッセージは、そこかな?と思っていた。

実は19日も、「観音様と大歳神とソフトクリーム」が

1か所にまとまっている場面が出てきて

なんだか意味の分からない夢だなと思っていたら

探したわけでもないのに、実際訪ねて行った一角に

すべてが揃っていたので、笑ってしまった。

話を戻して

私が予想した場所ではないらしく、4月1日に再び、伝えられてきたのだと思った。

昨日、白土さんにお会いしたら、「4月1日に夢でお告げがあった」という話をされて

昨日のビジョンと同じ光景が目の前で起きたので、大笑いした。

そして昨日、一緒に訪ねて行った神社は、130度30分、しっかりカーブの所にある。

その神社というのは

1月29日に、私のビジョンに現れた場所で、白土さんのお告げとも関連性がある。

目に見えないもの(目を閉じて見ている)と、目に見えるものとが、符合している。

目に見えないはたらきを、知るきっかけにしか過ぎないのかもしれません。

ジョークですね。レベルの高いジョークは歓迎します。

*自適さんのブログを合わせて読まれると、面白いかもしれません*

http://blog.livedoor.jp/jitekiodo/archives/53805243.html

2012年4月 6日 (金)

4月6日のビジョン・意識の乗りもの

最初の場面は

小学校が船になっていて、ランドセルが水に浸かっているのが見えた。

ランドセルを拾って、教室のような場所に行き

先生方と打ち合わせをして、懇談会をすることになった。

話をしても、あまりかみ合わず

子供たちのことをあまり理解していないような印象を受けた。

パッと場面が変わり、先生たちがダンスをしている様子が見えた。

次のビジョンは

高いところに部隊があって、そこでは、お蕎麦屋さんの屋台営業をしていた。

メニューがいっぱい書いてある中に、(とんねるず)木梨憲武メニューというのがあった。

次は、飛行機で、ある場所からある場所へ移動するので、乗ることに。

離陸すると同時に

私の意識は飛行機そのものになっていて、しかも後ろに目がついている。

ものすごいスピードで、景色が遠ざかっていく。

ちょっと怖くもあり、楽しくもある。

徐々に高度を上げていく感覚まであった。

どこかの飛行場に着陸したら、人間の意識に戻って、飛行機から降りた。

次は

知り合いの白土さん。

「あなたは、どうしてここに関係があるのか?」と聞かれたので

私は「夢のお告げです。」と答えていた。

すると「おお、そうか。気に入った。」といって、喜んでもらえた。

数人の男性が集まっていた。

次は

小さな木くずのようなものがあり、裸で掃除機を掛けていたというもの。

裸であることに気付いたが「ま、いいか」という感じだった。

今日のテーマは、乗りもの。意識。

学校が船?

教育も、かじとりをどう行っていくのかを、問われているのでしょう。

先生が問題に対して、どう対処してよいか悩んでおられて

先生自身が不登校になってしまうケースがあります。

かなりベテランと思われる先生でも、精神的においこまれて

「私の家の介護のことで、いっぱい、いっぱいなんです。」とか

「自分の子供の教育で悩んでいる」と聞いたこともあります。

ダンス?

先生たち自身が元気になって

子供たちとのコミュニケーションも、活気づいたものになると、いいかもしれないですね。

子供は、大人の心の様子を敏感に感じ取ってしまいますから。

飛行機や、裸の掃除のビジョンはは、意識の変化を感じられるものでした。

意識はどんどんスピーディーになり、浄化も日々進んでいるのを感じます。

ただただ新しいエネルギーが降り注いで来れば、それを受け入れ

古い不必要になったエネルギーを捨てていく作業を数年来行ってきました。

目に見えないような小さなチリのようなもの(内側で)を

見つけたら、掃除をしていくことを繰り返していくうちに、どんどん軽くなってきます。

自分をさらけ出しても大丈夫という意味に捉えておきましょう。

白土さんの夢、果たして正夢になるか、否か・・・???

2012年4月 5日 (木)

4月5日のビジョン・純粋=純水

最初の場面は

土手下の川縁に孔雀が1羽いて、プロのカメラマンが撮影していた。

でもフェンス越しに撮るので

何枚撮ってもピンボケしていて、肝心の孔雀が写っていない。

私の方からは

はっきり孔雀が見えていて、フェンスはほんの一部しかないのに

カメラマンはそこから全く動こうとしないで、撮影を続けていたというもの。

次の場面は

子供たちが雨の中を裸足で歩いていて、冷たくなっていたので、車に乗せてあげた。

私はミネラルウォーターを飲んで、運転を始めた。

次は

朝起きてみると、玄関から親戚だという人が次々に入って来て

仏壇か神棚にお参りしていた。

急いで敷いてあった布団を上げると

そこにはいくつかの陶器の器が並んでいて、その器の中には水が入っていて

オレンジやブルーのエンゼルフィッシュが泳いでいた。

水草も浮いていて、とてもきれい。

「大きくなってるね」と言って周りをみると

2、3歳くらいの子供たちが数人いて、「うわ~」と陶器の中を覗き込んでいた。

その中の金髪の女の子が、私の口に食べ物を入れてくれた。

それが何かは分からないけど、とても美味しいというのだけは覚えている。

その親戚たちは、私のこれからの仕事を応援してくれるということだった。

次の場面は、見たこともない機械があって

その機械に子供が乗っていた、私はその子を機械から降ろして、抱っこして遊んでいた。

テーマは、子供、純粋、純水。

孔雀を調べると「邪気を払う象徴」ともいわれているようです。水辺にいた孔雀。

フェンス越し、レンズ越しで物事を観ないで、直視することの大切さ。

2、3歳の子供は純粋無垢の象徴。

子供たちがきれいな水のもとに、育っていける環境が求められています。

そのためにも、大人たちが無邪気、純粋な意識に、立ち返る必要があるのでしょう。

手抜きではなく、手間を惜しまないこと。

純粋な意識の人たちが、新しい縁でつながっていくのを感じる、今日のビジョンでした。

2012年4月 4日 (水)

4月4日のビジョン・夢の奥深さ

今日のビジョンは

知り合いの前田さんを、山の中の施設のような所に、車で送って降ろすという内容で

「ニギハヤヒ」と何度も浮かんできていた。

次の場面では

上野樹里さんが、山口祐一郎さんが

千鳥をあしらった浴衣を着て、向かい合っていたというもの。

次は

知り合いの天波さんが、目の前で「パッパラパパ」を歌ってくれて

自適さんと並んで一緒に歌っていたというもの。

私もとうとう、「パッパラ~」なところを、隠せなくなってしまったのでしょうか・・・?

いつも、三部作くらいあって

それぞれ繋がりは感じられないのですが

後から意味が分かったり、自己分析でリーディングします。

大勢の人に会って、エネルギーを消耗したり、別のことでエネルギーを使うと

夢を忘れてしまいます。

自分自身の潜在意識の浄化なども、眠っている間におきますし、たまに予知夢があります。

子供のころから、毎日夢をみていました。

朝起きると、すっかり忘れているのに、その夜枕に頭を乗せた瞬間

走馬灯のようにその日の夢がバッっと、本当に一瞬映像が蘇ってくることがたびたびあり

不思議でした。

11年ぐらい前から、夢が鮮明になってきて、覚えていられるようになりました。

自分で予感めいたものが感じられるのですが、予測不可能で全く気付いていないことや

勘違いしている場合、夢で知らされることがあり

知り合いや身内などの様子も、知りたくなくても(笑)、知らされることがあります。

全く意味のない、無駄夢もあります・・・。

「夢」といっても、単に一括りにできないもので

夢占いとかでは、あぶりだせない、奥が深いです。

2012年4月 3日 (火)

「たいじんこうか」とは

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 ~soi~

「対=人への効果」

「対=神への効果」 

どちらに対して どのような効果が あるのでしょうか?

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小さな奇跡は自然界で 日々起こっています

奇跡に気付けるかどうかは その人の生き方で 決まります

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その人の行いそのものが小さな奇跡となって、

大きな効果をもたらすのかもしれませんね

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