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2012年5月

2012年5月31日 (木)

5月31日のビジョン・ゲーム

最初の場面は

巨大なテントが張ってあった。

テントには、繋ぎ目(隙間)が必要だということが伝えられてきた。

煙草を吸う人がいるので、空気を入れ替えたり逃がしたりするためにということだった。

私は、自適さんとテントの周りを歩いて回っていた。

次に

宮崎駿さんのような容姿の人が椅子に座っていた。

その人は、先日の夢に白いワゴンを運転している人にそっくりだった。

次は

アクションとアドベンチャーをMIXしたようなゲームの世界にいた。

自適さんはボウリングの球を持っている。

小さな部屋がいくつもあって、何かのキャラクターのようなものもいる。

階段のマークや、扉がついている部屋もある。

球を投げて、隠し階段や隠し扉を見つけて、次へ進んでいくという内容で

ゲームの実写版という感じ。

********

巨大なテントは

端から端までが見えないくらいの大きさでした。

ブルーシートのような色でした。

次の

宮崎駿さん似の男性ですが。

最初はご本人かと思っていましたが

5月26日のビジョンの運転していた男性にそっくりです。

最後の場面。

ボウリングの起源は、5000年も前のエジプトでの宗教儀式だと書いてありました。

たくさんの部屋は

ボウリングのピンが立っている場所のように四角い箱のような形の部屋が

いくつも縦横に並んでいて、冒険しているような気分でした。

とりあえず、楽しみながら、進んでいけばいいのでしょう。

2012年5月30日 (水)

5月30日のビジョン・曼荼羅

今日のビジョンは

全体的に限りなく白に近い金色の世界が背景にある中でビジョンを見ていた。

私の右隣に白に近い金色の髪で2、3ミリの坊主頭の

剛(ごう)という名前の男性がいた。

神々しいというか、まぶしい存在で、話をしたくても

緊張して声をかけられないまま行動を共にして、部屋を回っていたが

その内に、話が出来るようになった。

ある空間では、左には姿は見えないが女性がいて

もう一人剛という人の右隣にも男性がいる気配があった。

私を通じて、癒しを必要としている人が待っているというのが伝えられてきた。

場面が変わって

7、8人の若者の男性が一列に並んでいた。

その人たちは、現在の世の中に、目的や生きがいを見い出せない様子で

見ていてやるせない気持ちになった。

すると、1人の男性が現れて、刑務所に入ることが決まったと伝えて来た。

このままだと全員が路頭に迷うということが示された。

********

今日のビジョンの世界は

美しい金色の世界で、金と剛で、金剛界だと感じて調べていたら

曼荼羅が出て来て、空海さんに関係していることが、エネルギーが届いて知らされました。

そして、自分自身は胎蔵界を表しているような、インスピレーションを受けました。

そして、ビジョンを振り返っていると

曼荼羅の世界を行き来していたのだということが理解出来ると、エネルギーが治まりました。

一昨日、鎮国寺に行ったので、ダイレクトにエネルギーが繋がったのかもしれません。

空海さんが、唐から戻って来られた時、曼荼羅を持ち帰っていたとのことですが

戻って来られて、鎮国寺に籠られていたそうですから

強く空海さんのエネルギーに感応したものと思われます。

隣にいた男性は空海さんを表していたのでしょうか。

9年ほど前、本屋さんで空海さんの本を手にしてパッと開いたページが

飢餓に苦しんでいる人たちを目の前にして

助けられないで悲しみの中にいるというような場面でした。

突然目を射すような痛みに、開けていられなくなり

勝手に涙が絞り出すようにグワ~と出て来たことがありました。

本を閉じると、何事もなかったかのように、スッキリして元に戻っていたので

空海さんの思いを感じて受け取ったのかなと思っていました。

すっかり忘れていたのですが、今、急に当時の場面を思い出しました。

若者たちのビジョンを思えば、何となく繋がりを感じます。

今まで、いろいろな方に会って話をしても、宗教と間違われることが多く、

まり現実離れした話はしないというより、避けてきました。

それでも、ここ何年か、人に会うと色々と聞かれるので

今に至る経緯を話す機会も多くなりました。

やはり、夢の話や神秘体験などを話しても、理解されにくいのですが

空海さんの話をすると、あまり精神世界や神事に関心のない人や

特定の信仰を持っている人でも、空海さんは尊敬する、素晴らしい、ということで

話が通じることがあります。

それだけ空海さんの存在は、一般に受け入れられ、浸透しているのでしょう。

私は、不思議な世界というか、人間の頭では理解しがたい体験もしていますが

それ自体を特別重要視しているわけではなく、そういう世界もあるのだと理解した上で

ごく当たり前の暮らしや生活が大切だと思っています。

バランスが崩れていれば、どこの何に偏っていても、問題が生じてくるからです。

自分がこれから、果たすべき役割が何であるのかが、伝えられてきているような気がします。

2012年5月29日 (火)

5月29日のビジョン・新しい会

今日のビジョンは

何か準備をしているような感覚で

すごく深いところまで意識が入り込んでいて

その辺りの記憶がはっきりしない。

その延長線上で

20人で一緒に楽しく何かの準備をして動いていた。とてもいい雰囲気だった。

すぐ傍の会場で、10人の男性が集まって会議と食事会が行われるというのが伝わってきた。

どうやら、そのための準備を整えていたらしい。

あと10人も参加することになったということで

準備をしていた20人の中から10人が名前を呼ばれた。

私も名前を呼ばれたので参加することになった。

テーブルを2つくっ付けて並べ、座布団を敷いていた。

綿がたっぷり入った紫色のふかふかしたものだった。

20人でいっぱいになるくらいの大きさの部屋。

まだ席には付いていなかったが、座る位置も決まっている。

まだ会ったことのない人がほとんどらしいということと

ある程度年齢を重ねた経験豊かな人格者であるということと

ほとんどが男性であるということが分かった。

その人たちは、それぞれ持ち味は違うが

互いを尊敬・尊重しあえるような感じの人たちで、素晴らしい会になる予感がした。

喜びが湧き上がってくるような感覚でいっぱいになりながら、目が覚めた。

********

自適さんにも、ほとんど同じ内容が出ていて驚きました。

人数も一緒で、参加者の印象もほぼ同じです。

いつもは何人ぐらいという形が多いのですが

今回はハッキリした人数で示されました。

30人は、大まかに脳のタイプの違いと働きの違いを表しているように感じました。

既存の会議のイメージを覆すような、新しい会が開かれるのでしょうか。

素晴らしい世界のイメージだったので

現実になるのであれば、どのような内容が話合われるのか気になるところです。

2012年5月28日 (月)

5月28日のビジョン・現実であることないこと

最初の場面は

自適さんに写真をたくさん撮ってもらっていて

その写真を並べて見ていた。

髪が今より短くて、緑色のような自然に近い色の服。

色んな角度から自然の岩や山を背景にして、どれも笑顔で写っていた。

次は

姪のマヤちゃんに子供が生まれていた。

知らない間に大きくなって人見知りをしていた。

抱っこしてあげると、少し慣れて来た様子。

また永徳寺の事が出て来た。

次は

自適さんと私で、年配の女性に会って、お互いに名刺交換をしていた。

カラフルなかわいいデザインの名刺だった。

「私達は塔に住んでいます」と言っていた。

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最初の場面について

写真を撮るのは好きでも、撮られるのは、もともと苦手なのです。

すごく自分で見ても、いい写真だなと思えました。

自分で見ても、とてもいい表情だったので、現実になったらいいなと思います。

次の場面

マヤちゃんは、実際は11歳なので、現実ではありません。

実在しない子供。

妹の家で、新しく何かが生まれる、生まれたということなんでしょうか。

何か、マヤちゃんの才能が開花するのかな?

永徳寺・・・。

以前も出て来て何だろうと思っていましたが

結局、大洲の永徳寺で空海さん繋がりだったと書きました。

実は今日は

空海さんが1年ほど住んでおられたという鎮国寺に急に寄ってみようということになり

行ってきました。

すごく空海さんのエネルギーが強烈に伝わってきました。

九州88カ所めぐりの88番所になっています。

家に帰ってから、永徳寺のことが出て来ていたことを思い出しました。

次の場面

名刺がとてもかわいいデザインが印象的というのはいいのですが

何で、塔に住んでいるのかは、今のところ意味不明です。

ということで

かなり現実的なことの中に

現実にはまだ起こっていないことが

ちりばめられている今日のビジョンでした。

2012年5月27日 (日)

5月27日のビジョン・野菜サラダ

夜中に蚊が「プ~~ン」と飛び回っていたので

ほとんど眠った気がしない。

それでも

明け方にちょっとだけビジョンを見ていた。

実家から、祖母とどこかに出かけるのが映ってきた。

次に

30代くらいの夫婦が現れた。

旦那さんの方が、「これまで自然栽培で野菜作りをしていた」と話していたが

今はしていないようだった。

それはちょうどいいと、私は自家製の野菜サラダを張り切って作り出した。

何種類かの野菜を入れたボウルの中に

「そうだ、人参も入れよう」と思うと、人参を入れたサラダの映像が浮かんできた。

彼らが喜ぶようなものを作ろうとしていた。

********

祖母は、昨年の6月に90歳で亡くなっています。

坂道をかけあがったり、自転車で遠くまで買い物に行ったり

耕運機で畑を耕したりと、身の回りのことは何でもしていて、元気な人でした。

1周忌を前に、ようやく家から離れて、旅立てるのでしょうか。

それまでは、実家にいる様子が映って来ていたので、たぶんそんな気がします。

野菜サラダについては

一旦何かを初めても、途中でやめてしまった人達に

何か新しいアイデアや提案をしていき

もう一度、やり直すきっかけを作るような感じ。

受け取る側ではなく、与える側、伝える側になるということなのかなという気がしました。

2012年5月26日 (土)

5月26日のビジョン・水と紫と白

最初の場面は

子供たちと一緒に水遊びか水浴びをしている様子が印象に残っている。

次は

私が白っぽいブラウスかシャツに紫色のベストを着ていて

その上にもう一枚紫色のレースのような布(ショール?)を羽織っている姿が

目の前に映し出されていた。

次は

自適さんとどこか広場みたいなところにいて

誰かと待ち合わせをしていた。

そこに真っ白い新車のワゴンが迎えに来た。

運転席には

眼鏡をかけた髭を生やした男性。

その男性は

教授か先生と呼ばれているような人らしいということが分かった。

********

今日のビジョンは

これからのことについて

象徴的な何かを表しているようにも感じますが

現実に起きても不思議ではないことでもあります。

自分の目線、意識がどの位置にあって、どの角度から見ているか

その時によって違います。

最初と最後の2つの場面は肉体の中にいる状態でした。

2番目の服を着ている場面は

意識が肉体の外側にあって

自分自身の姿を客観的に眺めているのです。

胴体を中心に周りはうすぼんやりとしていて顔もハッキリ見えないのですが

自分自身だと分かるのです。

中のベストも実際よく着ているものでしたから。割と濃いめの紫です。

すでに持っているものに、さらに新しく何かが加わるような感じでしょうか。

白い車がお迎えに来てくれましたけど

どこに向かうのでしょう。

昨日は待っている状態で、今日は服を着て

車がお迎えに来てくれましたが

明日は目的地が示されるのでしょうか?

2012年5月25日 (金)

5月25日のビジョン・青い缶ケース

今日は一場面のみ。

広い道路。何本も通りがあるところを歩いていた。

水が湧きだしている。

水が溢れて噴射しているところもある。

緑が美しい。

ちょうど、十字路になっている真ん中辺りの開けた場所にいると

年配の男性が現れて、「私が社長に連絡を取ってあげましょう。」と言って

電話をかけに行ってくれた。

その男性は、社長の元で重要な役割をしていた人物のようだった。

どうやら、私はその社長さんと連絡を取ろうとしていたらしい。

塀の上に

青い長四角(縦10センチ横5センチ高さ4センチくらい)の

フタつきの缶ケースが置いてあって

私はそれを手にして待っていた。

今日も十字。

位置的にもパパイヤが青い缶に?

その青い缶ケースは、キレイで模様が薄っすらと見えました。

単純に捉えれば

これからの活動(仕事)に関して、自分で直接連絡を取る必要はなく

誰かが繋いでくれるのを待っていればいいということになりますが。

現実的なことなのか、象徴しているものなのか

いずれにしても、待っていれば、そのうち分かるでしょう。

2012年5月24日 (木)

5月24日のビジョン・神木

最初の場面は

大きなコンサート会場で、ステージが十字になっていて

パパイヤ鈴木さんが十字のちょっと手前にいて

パパイヤさんを中心に

おやじダンサーズが100人近くいて、ステージで踊っている。

観客席には中年~年配の女性たち埋め尽くされていて

会場が熱気に包まれている様子を、自適さんと天井の方から見下ろしていた。

周りに数人の気配もあった。

次は

知り合いの○○さん人の家の2階にいた。

掃出しの窓が開いていて、隣の建物の部屋とピッタリ繋がっていた。

煙草を吸った後の灰皿やお酒の空き瓶などが置いてあって煙たかったので

私はその窓を閉めた。

こちら側の○○さんの部屋には

布団がたくさん敷いてあった。

場面が変わって

○○さんがラーメン屋をするので、何かいいアイデアはないか聞いてきた。

私はその時、気が付くと目の前のキムチ鍋を食べていた。

赤いスープが目に前にあったので、キムチラーメンでまず赤いスープ。

それに、黒、白、黄、緑で、五色のスープを作ったらどうかと提案した。

○○さんは続いて

自分のデザートをどう思うか聞いてきた。

「美味しいしセンスがあるから、出していけばいいと思うよ。」と答えた。

今日の最初の場面は

単純にそのままという訳ではなさそう。

自適さんに言うと、十字架のひょうたんの話をされました。

斜め上からステージを見ていたので

確かに十字架の形で、パパイヤさんはど真ん中ではなく

ひょうたんの位置に立って踊っていたのが分かったのです。

自適さんのブログhttp://blog.livedoor.jp/jitekiodo/archives/53906231.html

「鈴木」とは

「祭礼の際に祭る神木」を表しているそうで

十字架のような形をしていたステージの「十字架」は、「聖なる木」に例えらるそうなので

同じような意味になります。

次の場面

○○さんは今までの仕事をやめて、新しい仕事を始めると聞いています。

今までの彼にとって、新たな仕事への切り替えが行われているのでしょう。

実際は○○さんのデザートも料理も食べたことはありませんし、相談もされていませんが

その人の持ち味やカラーをを引き出して、古い世界から新しい世界への

転換期をサポートするのが

私のこれからの役割の一つではないかと感じています。

彼がどういう仕事に就くのかは知りませんが

たくさんの布団(キレイな)があったのは

住み込みでたくさんの従業員を雇うというイメージなので

お店(仕事)が忙しくなる(順調にいく)ということなのかもしれません。

*******

料理と言えば

昨日のカレー風味の大根の煮物&大根の煮物カレー。

長ネギと人参を一緒に和風だし(昆布)で煮込んで

薄く味付けをしたものに、カレー粉を入れました。

最初にカレー風味で試して、とても美味しかったので

今度はルーも手作りして和風だしの大根カレーが完成しました。

まろやかで、柔らかく煮込んだ大根も、なかなかカレーとマッチしていて

また新しい世界が開いた感じ。

カレー風味は、なんとなく何にでも合う感じで予測がついても

大根カレーは目からうろこでした。

後で調べたら、大根カレーは結構定番になっているのですね。

もともとカレー自体、あまり好きな方ではないので、知りませんでした。

煮物からっていうのは、残り物から作るというのは別にして

新しいパターンではないかと思います。

また新しいレシピにチャレンジしてみたいですけど

五色の野菜ラーメンでも・・・。

2012年5月23日 (水)

5月23日のビジョン・新しい試み

今日は、いろいろ見ていたけど

はっきり覚えているのは

大根の煮物を別の鍋に一つ一つ丁寧に移して

それに辛口のカレールーを入れていたという不可解な内容だった。

大根を煮物にしてあるのに

カレールーの辛口とは・・・???

手を動かしながらも

あり得ないという思いで私の意識は困惑していたのですが。

昨日の新しく!というのと関係あるのでしょうか?

新しく作り直す。新しい試み。新しい発想。再生。

と、いい感じに無理やり受け取ればそうなるのか~。

私は元々

市販のカレールーで作ったカレーが好きではないので

ほとんど作らないし、辛いものも好きではないのですが。

まさか

美味しいのだろうか・・・。

何でも絶対無理!と決めつけずに

試してみる価値があるということも考えられなくもない。

確かに

そういう展開で

視野が開けるということはあるのだから。

やっぱり思った通り失敗だと思ったとしても

何でも試してから判断するようにしてみてもいいはずだし。

あらら・・・何だか実験してみたくなってきましたよ。

だいだい

私の人生もそんなものです。

やらないで後悔するより、やってみれば失敗しても自分で納得がいく。

失敗から学べばよし。

夢を見ている間も、頭では拒絶しながらも

身体は動いていたので、頭で先に判断を下すなということでしょう。

確かに

醤油でも、味噌でも、製造元によってそれぞれ味が違っていて

そのさじ加減によっては、味の違いが無限に生み出されるものです。

一度実験してみたんですが

豆腐を買ったらあまり美味しくなかったので、失敗したなと思っていました。

「待てよ。醤油を変えてみたらどうだろう。」と別のBの醤油を付けてみたら

これが何とすごく美味しくなったんです。

こちらの方が美味しいと思っていた豆腐の方にその醤油を付けると

美味しくない。

それぞれ好みはあるでしょう。

何もつけないで美味しい豆腐もあります。

「これは不味い!」と思っても、何かを足してあげることで全く別のものに

生まれ変わるのですね。

と書いていたら・・・

やっぱり不味いだろうと決めつけずに

試す価値があると燃えてきました!

そして

これからの私の新しい世界観は

拡がっていくようなイメージが湧いてきました。

微妙なさじ加減がキーポイントです。

まだまだ残っている固定観念を崩していくと同時に

新しい創造性が生まれるような気がしてきました。

そういう新しい発見をしたとき、喜びが湧き上がってきます。

古いもの、定番のものも

生まれ変わらせてあげることで無駄なエネルギーを浪費せずとも

新たな創造が起きるのかもしれません。

大根カレーなのかカレー風味の大根の煮物。それとも何か。

さっそく

試しに作ってみようかな。

2012年5月22日 (火)

5月22日のビジョン・新しい世界

最初の場面は

大きな岩がたくさん並んでいる場所。

粘土で手のひらサイズのおにぎりのような形の岩を作って

大きな岩の上に先ほど新しく作った岩を2つずつ載せて

それを自適さんに見せていた。

次は

どこかの新しい家に案内された。

最初に新しい桧の床が印象的な部屋に入った。

和室のような雰囲気だが桧で出来ていて

何も置かれていない。

ふと気が付くと

別の部屋のベッドの上に座っていた。

12畳ほどの部屋の4分の3がベッド。

最初はベッドだと思わなかった。

「こんなに大きなベッドをどうやって部屋に入れたんだろう?」と

不思議に思って

「分解して取り付けたのかな」などと想像していた。

ベッドをよく見ると

赤ちゃんの産毛(髪)が一面に広がっていた。

とんでもなく大きなベビーベッドであることが分かった。

次は

知り合いの方が出て来た。

気功を習っていて先生が来るからというので

待っていた。

先生と相手役の男性が現れた。

どちらも中国の人だった。

先生が離れた相手を気で操っていて

相手は動きたくないのに勝手に身体が動いている様子で

振り回されていた。

だんだん動きが速くなっていって

そのうち見えないくらいの速さになった。

まるでアニメの世界だなと思って驚いた。

けれど

私は習いたいと思わなかったので

「遠慮しておきます」と言って帰った。

今日のビジョンでは

新しい世界をどう創造していくのかが

テーマになっているようです。

新しく岩を自分で作る。

新しい家。

新しい部屋。

新しいベッド。

新生児。

新しい動きに自分が誰とどう関わっていくか、または関わらないかの選択。

見たことのない世界が繰り広げられていました。

数日間

夢では着替えるとか新しい服のことが出て来ていたり

現実に古い器が割れたりと

一昨日から昨日にかけて切り替わった感があるので

今日からまた新しい世界を

どのようにデザインし

創り上げていくのかがテーマになってきていると思われます。

2012年5月21日 (月)

5月21日のビジョン・日食

今日のビジョンは

小学校の同級生

仁くんが出て来て

誰かに「親同士も仲の良かった友達です」と紹介していた。

小学校から中学3年まで9年間同じクラスだったので

かなり縁が深い人だったと思う。

実際に家族ぐるみで仲が良かったので

互いの家に遊びにいったりもしていた。

一番背が高くて、優しくて、ユーモアもある。

勉強も、スポーツも、習字も得意だった。

気は優しくて力持ちタイプで、「ひとっさん」と呼ばれて

皆に親しまれ、先生からも頼りにされていた。

「仁」という字は

「①いつくしみ。したしみ。「仁愛」②いつくしむ。したしむ。

③なさけ。おもいやり。あわれみ。また、あわれむ。④めぐみそだてる。

⑤ひと。人の心。また、心の本体。⑥徳をそなえた人。「仁者」

⑦さね。果実の核中にあり、芽となる部分。「杏仁」

と漢語林に載っています。

調べてみると

名前と同じような人だったんだなと改めて思いました。

自動車学校で1度、同窓会で1度会いましたが

相変わらずと言った感じで、気さくで優しい人という印象は

変わっていませんでした。

次は朝方

ちょうど日本列島に金環日食が観察されていた時間帯。

自分自身の闇と真っ向から対峙しているビジョンを見ていました。

数日前から

金環日食は見ない方がいいという方がいらっっしゃるというのを耳にして

何故だろうと思っていました。

すると

それには一理あるかもと感じたのです。

闇が表出する、見ることによって更に影響を受けると感じました。

無意識に生きていると一時期は混乱してしまう可能性があるでしょうが

そこを通過してちゃんと向き合って掃除をすれば

後は内なる核の部分から

ただ純粋に本質が現れるということになります。

しっかり自分と向き合っている人はそのままで大丈夫でしょう。

純粋で闇を背負っていない子供たちや、子供のように純粋な人も問題なし。

陰陽の調和・バランス・統合・死と再生。

それで19日の夜中に大変な状態を味わっていたことも

理解出来たのと

着替え・新しい服のビジョンの意味も分かりました。

自適さんの今日のメッセージで

「アプローチ」の説明の中に「登山口」というのがあって

ひとっさんは苗字が「山口」で

「背の高い40歳代の仁徳の高い男性」というのも

共通していました。

彼が今、どうしているのか分かりませんが

「仁」の漢字のような人が

これからの世の中を創造していく人たちのような気がします。

思いやりや憐み、慈しみ、徳。

そのような心で生きていこうと思える

今日のビジョンでした。

2012年5月20日 (日)

5月20日のビジョン・変化

今日の最初の場面は

10人ぐらいの人が集まっていて

中には素直で真面目な中国人の人がいるのが分かった。

その一人一人に

空海・最澄・日蓮など仏教に関連する魂が

関わっているというのを私が言っていた。

ひとりの女性が

普段そういうビジョンを見えたことが無いが

初めてそういう体験をしたと興奮気味に話していた。

もう一人の女性は透視能力があるらしく

わたしの言った通りだと言っていた。

自適さんと私は或る神さまが関わっていて

時々、入れ替わると言っていた。

次は

私が着替えをする控室のような部屋に男性が3人出入りしていて

お茶を入れたり準備をしている様子だった。

次は

赤ちゃんたちをビデオで撮影したものを

テレビで放送するということで

私も生放送の途中で参加するらしく

突然のことで慌てていた。

次は

「飾り瓦を伝え残していかなければならない」と訴える年配の男性が現れた。

そしてその飾り瓦といわれるものが映像で次々と見えた。

次は

知り合いのヴァンホーさんが私の誕生日だということで

プレゼントをいただいた。

一つは薄いピンクサーモン色のエプロンドレスか巻きスカートのようなものだった。

最初の場面から生放送までのビジョンは

わたしのこれからの仕事に関する内容のようなイメージです。

ビジョンの内容そのままということではありませんが

何となく理解しました。

「飾り瓦」というのは

まだお会いしたことがないのですが

瓦を扱う方の話をちらっと耳にしたので

その方の関係なのかなと思います。

ものすごく強い口調で訴えられたので印象に残りました。

ヴァンホーさんに催促するつもりは全くないのですが・・・。

いちおう書いてみました。

何か服=ヒントをいただけるのかもしれません。

着替えや誕生日など

何かが新しく生まれそうな予感のするビジョンです。

スピーディに自分自身もそうですし

物事が変化=進化しているのを感じています。

2012年5月19日 (土)

ビジョンなしデー現実動くデー

昨日

まとめて見たおかげで

今日は

ほとんど眠りの世界で覚えていません。

夜中の2時ごろから眠れず

いろいろなものが浮上して来て

何だろうと思っていたら

友人から電話があり

同じような状態だったということでした。

何か地球レベルでシフトがあったのだろうということで

お互いに意見が一致し、納得がいきました。

といっても

あくまでも向き合うのは自分自身であって

見せてくれるのは

人であり現実の世界です。

そんな中で

理解し合える人がいて

同じような体験をしている人がいてくれることは

ひとりでは超えられないレベルのことも

乗り越えられたるするので

本当にありがたい存在です。

今日は

とても親切な男子高校生に出会いました。

神社のことを尋ねたら

自分ではよく分からないし

車では狭いからと荷物を置いて

自転車でサーッと見に行ってくれました。

すぐに戻って来て

畑仕事をしているおばあさんに聞いてくれたとのことで

いろいろ教えてくれました。

このような純粋で優しく親切な青年に会えて

心が洗われるような、幸せな気持ちになりました。

そんな彼の存在が

夜中に浮上してきていた内容に

大きく影響を与えてくれるきっかけになったのです。

まさに天使との出会いでした。

2012年5月18日 (金)

5月18日のビジョン・分析

今日の最初の場面は最新型の携帯電話で

亡くなった母親と妹と3人で

同時に話をしているというものだった。

次に

「みいつ 線 繋ぐ」というイメージがずっと続いていた。

次は

広い道に子供たちが走り回った足跡がいっぱい残っていて

それを私は大きな竹製の熊手で筋を残しながら

きれいに道を整えていた。

次は

ブログの画面で6件分載せてあるのを

何回も上から下まで繰り返し見ていた。

その中に中山さんの記事と写真が載っているのが見えた。

次は

お店で白いシャツと赤の豹柄の服を選んでいた。

レジに行くとオマケをくれるとのことだった。

次は

教室のような場所で

高校1年の時の副担任だった先生がいて授業をしていた。

次の時間になると

その先生が

服を着替えて現れた。

授業ごとに服を着替えるのかと思ったら

汗をかいたからだと言っていた。

最後は

自適さんと一緒に何かを調べていた。

今日は

「みいつ 線 繋ぐ」とは

「御稜威ライン130度30分」の関連で

自適さんと調べるというのも

それ以外に思いつきませんので

今日は

早速行動に移すことになりました。

点と点を繋ぐというイメージだったので

行くことに意味があるようです。

熊手で道を整えるというのも

これに関連するような感じです。

実際に行ってみると

確かにエネルギーの強い場所が多いのが感じられます。

母と3人で話すというのは

実際夢で通信していることが多々あって

妹と同じ日に母が実家にいる夢を見て

妹には母と私が

私には母と妹が

というように

ほとんど同じ内容の夢をそれぞれの立場で見ていたこともあります。

そんなことが

誰が見ても簡単にわかるようになるのか

誰でも出来るようになるのか

どうなんでしょう。

昨日が電気通信の日だったそうで

その意味でも

霊界や神界とも

携帯電話ぐらいの感覚で繋がれるようになるのかもしれません。

特に何も会話とかはなかったので

言うこともないのでしょう。

亡くなって1年までは

わりと出て来られますが

だんだん上にあがっていかれると

ほとんど出て来られなくなります。

次の赤の豹柄って・・・豹柄とか動物柄自体着たことないですけど

それぐらい大胆に変身するってことなんですかね~。

でも基本はまっ白ってことで。

高校時代の先生。

顔は覚えていても、名前が思い浮かびません・・・。

完全に記憶から遠ざかっていた人が夢に現れるとは

かなり潜在意識が開いてきている証拠だと思います。

意味はよく分かりませんが。

ビジョンを見すぎると眠った気がしませんけど

元気なので大丈夫なのでしょう。

2012年5月17日 (木)

5月17日のビジョン・祖母

最初は

誰かが15ページくらいの絵本を手にしていて

それが捲られていくと

何ページかにわたって

蛇の絵が描かれているのが見えた。

黄金とまでは行かないまでも

キレイな黄土色をしていた。

もう一つは

教室のような場所で

椅子に座っていた。

周りを見ると

春のつく名前の人が

3人いて花のつく名前の人が1人いた。

私はそこで自分が必要とされているのを

感じていながら

名刺を渡すかどうか躊躇していた。

すると

順番に教壇の方に進んで

おみくじを引くみたいな感じでメッセージの書かれた紙を

受け取っていた。

書かれた内容は

「しゃんとしんしゃー」という文字が一行目にあって

同時に言葉でも聞こえてきた。

周りを見ると

私を必要としている人が

たくさん集まっている様子だった。

このビジョンから

春の訪れを思わせる何かが

これから始まる気配を感じます。

「しゃんとしんしゃー」は

「しっかりしなさい」という意味の方言で

昨年亡くなった父方の祖母の語り口調でした。

来月一周忌を迎える祖母からの

メッセージなのかもしれません。

蛇も温かい春になって冬眠から目を覚まして

活動を始めます。

これからの活動が

人々の役に立てるということかもしれません。

春が3つも訪れて花が咲くような感覚なので

躊躇せず前に進んでいけばいいのでしょう。

小さい頃

祖母の後を付いて畑に行って

背中を見て育ったので

農作業をすると

板についているとかすごく似合うと

言われます。

時間の経つのも身体の痛みも忘れるほど

無我夢中になってしまいます。

土・水・風・火(日)の四大元素すべてに

触れることのできる農作業は

私にとっては草取りをするだけでも

最高の瞑想なのです。

今までいろいろな人に

導かれてきました。

この世からあの世から

目に見えないところから。

やっと

人の役に立てる時が

来たのかもしれません。

2012年5月15日 (火)

5月15日のビジョン・ビジョンの再送

今日のビジョンは

昨日

ほとんど覚えていなかったので

同じ内容が

再びやってきたのだと感じた。

お城のような場所。

これは

お城のような 

高い大きな建物。

お城だと天守閣あたりの位置から

柵のようなものを登って

上にあがることができた。

自分自身の中で

光と闇のせめぎ合いがありました。

そして今朝は

スッキリと超えた感じがあります。

その象徴だと理解しました。

さらに

起きてから

買い物に出かけました。

お店でかかっていた音楽が

2曲続けて耳に飛び込んできました。

昨日も

立ち寄ったお店のお手洗いで

音楽がかかっていました。

3曲とも

タイミングと歌詞が合いすぎていて

ドキっとしました。

自分で問題に取り組んで向き合っていても

解決策が見つからない時

そういう形で

助けられることがあります。

ビジョンを見ないとか

覚えていないという場合でも

五感を鍛えれば

誰でも

受け取ることが出来るでしょう。

自分の感覚を大切にしていきたいです。

2012年5月14日 (月)

近況

あちこち

移動しています。

今日も合計で6、7時間は運転してを

していたでしょうか。

やっぱりビジョンも

うっすら。

現実でも

いろんなメッセージは届けられます。

定期的に

クラウンチャクラから

エネルギーが届けられます。

気持ちのいいエネルギーです。

しかし・・・

たいてい闇が浮上して

中の穢れが取り払われる作業がはじまります。

一時的にキツイ状態が続きますが

非常にその闇が消える(昇華)するのも

速くなってきました。

結果はかならず付いてくると信じています。

ちっちゃなことでも

誰にも評価されなくても

いいのです。

ただ

今の自分に出来ることを

するだけです。

2012年5月13日 (日)

夢(む)は無(む)

昨日も今日も

ビジョンなし。

昨日は見ていたけど覚えていない。

今日は見ていた記憶すら無い。

ひさしぶりの

スッキリ感。

たまにはいいものです。

=====

素晴らしい人たちとの出会い。

みんな違うのに

それぞれの個性が

輝いている。

その光は

正直で純粋。

まっすぐさとやわらかさ。

そのバランスがちょうどいい。

様々な分野で

道を探求してきた人に備わっている

磨き抜かれた熟練の技。

心・技・体が

調和している。

深いところから

光が湧きだし

その光と光が引き寄せあう。

その何かは

計り知れないもの。

何も語らずとも

一瞬で伝わる。

その光に導かれ

新たな縁が結ばれていく。

2012年5月11日 (金)

メッセージが溢れる現実

先日の鉄アレルギー。

結果的に2つの病院に行くことに。

東洋医学と西洋医学。

久しぶりの病院です。

東洋医学は根本的な治療をということで

漢方薬をいただいて時間をかけての作業。

たちまち、そこまで待てないのが現状なので

西洋医学の一時的に抑えるというのは

過去の経験から避けてきたものの

今回は必要性を強く感じて取り入れることにしたのです。

どちらも、自分の中でどのように治療をするか

しっかり決めてドクター任せにしないことを

改めて感じた次第です。

それは、それとして

ふと目に飛び込んできたのが

最初の病院のドクターのお名前でした。

いいお名前だなと思っていたら

次の病院でも名前が飛び込んできました。

東と西のドクターのお名前が

「福〇」さんと「幸〇」さんでした。(〇の部分は同じ漢字)

「東西」合わせて「幸福」。

「〇」の部分の漢字の意味は

「他人に対する親愛の情。優しさ。」

「もっとも普遍的で包括的、根源的な愛を意味するものとして考えられてきた」

とされている文字です。

起きている間にも

メッセージは届きます。

わたしの中では

なんとなく

何を意味しているのか

感覚としては掴んでいるので

楽しみにしていようと思います。

今日も

昨日の行動が

いつもの条件を満たしてしまい

ほとんど覚えていません。

きっと

また現実に

必要があれば受け取ることになるのでしょう。

昨日はグラスを割ってしまいました。

古いものを壊す。

しかも、今回は人のものを。

古いものが終わる象徴として

器を破壊するという儀式があります。

開き直っていると受け取られてしまうかもしれませんが

タイミングがあるのと

ケガをするかしないかも

意味があります。

先日

財布・カメラ・免許証等

大事なものを入れたカバンを

うっかりトイレに忘れてしまうという

ドジをしました。

でも

実はそこに意味があり

結果はバッチリなのでした。

そういう時は

必ず無事に戻ってきます。

わたしの

一見不完全に見える行為ですら

完璧なはたらきであると思える

現実がここにあります。

2012年5月10日 (木)

5月10日のビジョン・乳と母

最初に覚えているのは

知り合いの人が結婚して

子供が生まれた。

子供が生まれて可愛くて

仕方がないという様子が伝えられてきた。

正夢になるのか、何か意味があるのかな?

次は

階段の一番上の小さな踊り場のような場所に

私がいた。

薄いブラウスのようなものを羽織っていて

前は肌蹴ている。

何かの動作をしていて

大きな胸がちらほら見え隠れしていたので

私はヒヤヒヤしながら私の姿を眺めていた。

見るに見かねて、外から観ていた私は

その肉体の中に入ったところで

次の場面に変わった。

犬や牛などの動物がずらりと横一列に

10頭ぐらい並んでいて

真ん中あたりに猪がいるのが見えて

母親のお乳を飲もうとしているのが映されてきた。

猪が一番前に出て

母乳を率先して飲もうとしているのが

印象に残っている。

今日の最初のビジョンは

知り合いの方の様子。

たまに身内や知り合いの人の

情報が届くことがあります。

正夢の場合もあれば

何かを象徴している場合もあります。

もしかすると

子供さんの結婚・孫の誕生なのかもしれません。

象徴だとすれば

その方の男性性と女性性の調和がとれ

新しく生まれるということになるでしょうか。

そして自分自身で

それを喜んで受け入れているということ。

当人に伝えると

納得されることが多いです。

特に知りたいと思っているわけでもなく

伝えられてくるので

メッセンジャーの役割なのかなと思っています。

今日のテーマは「乳」?「母性」?

自分自身を外から観ていることが

たまにありますが

今日がそれでした。

胸が実際よりかなり大く強調されていたので・・・

次の場面との繋がりを思えば

きっと母乳を表していたのでしょう。

さらに

自分を曝け出して表現することや

母性や女性性を表に出すことを

結果的にまだ恐れが残っているという

潜在意識からのメッセージでもあると言えます。

ひとつの夢にも

同時にいくつかのメッセージが

含まれている場合もあります。

次の生きものたちの場面は

見えたのは

全部哺乳類だったので

やはり「母乳」に繋がります。

命・生きるということ。

猪の食いつきようは

生命力の強さを表しているのでしょう。

母親の母乳を飲んでいる姿ではなく

こちらに向かって跳びかかってくる勢いだったのと

その前の場面を合わせると

私は母性の本体の意識になっていたようです。

私の本質を

何人もの方から

教えていただきましたが

すべてそこに繋がるようです。

命・宝珠・母性・豊穣etc。

知り合いの方へのメッセージも

新しい生命の誕生でした。

古いものが終わり

新しいものが始まる。

そんな予感のするビジョンです。

2012年5月 9日 (水)

ビジョンへの影響とソテツ

昨日、今日のビジョンは

1場面ぐらいが記憶に残っている程度。

身体疲労・不調。大勢の人に会う。

食事の内容。お酒(普段飲まないので、コップに半分程度の場合)。

睡眠不足。

これらがいくつか重なると

ビジョンに影響を受けます。

私の場合ですけどね。

「ソテツ」のアレルギー反応で

顔全体が腫れ上がっていて

そちらに気が向いています。

数日前に「ソテツ」の剪定したものを片づけていたところ

耳と目に刺さってから

日ごとにに腫れてきました。

治まるかと思いきや

だんだんひどくなる一方です。

「ソテツ」にそんな毒があるのかと調べても

実を食べる以外、そんな風には書いてありません。

自適さんに「何か他にアレルギーになったことはないか」と

聞かれたので思い出したら

「鉄アレルギーだ」と言うと

「それだ」と言われました。

なぜ、ソテツが鉄と関係あるのか

一瞬「ダジャレ?」と思ったのですが

「蘇鉄」、その名の通り「鉄分」が含まれているようですね。

「鉄樹」とも呼ばれています。

小学校の時、家にあった「鉄棒」が錆びていて

それを握って遊んでから

手に湿疹が出て水ぶくれになり

掻いたらはじけて皮が剥けるというのを

繰り返していました。

そのうち

土を触っても

その中に砂鉄が含まれているので

アレルギー反応を起こしていました。

大人になるにしたがい

治まっていましたが

今回の刺激で起こしてしまったようです。

当時からですが

ほとんど症例がないために

インターネットで探しても

歯科の金属アレルギーしか出て来ません。

10年以上行っていない

お医者さんに行ってみます。

何かにつけ

特異体質な私なのです。

2012年5月 7日 (月)

5月7日のビジョン・風通し

今日のビジョンは、最初に自適さんと一緒に

道沿いの2台分しか置けない駐車場に車を2台停めて

料理店に入った。

そこには家紋が記してある紙が置かれていて

小さいものから3つ並んで

朱色の印が押してあった。

場面が変わって

向かいに男女2人が座っていた。

出されたものが「カツオの白身」ということだった。

お寿司のようにしてあって

さっぱりして美味しかった。

私は味見をしたので

その2人に次に出された時に譲ったら

とても喜ばれた。

それと、とても風味の良い美味しい日本茶が

一緒に出されていたのが印象的だった。

次の場面は

どこかの家の中にいた。

数家族がそこに集まっていた。

風通しの良い家で

私は「とても涼しい風の通る場所ですね。」

「一本向こうの筋は、とても蒸し暑いですよ。」

「少しの距離なのに、全く違いますね「」と話した。

ふと見上げる

窓ガラスからお墓があるのが見えた。

強い風が吹いたと思ったら、一つのお墓がシューっと動き出した。

「え?」と思って見ていると

そこの家の窓のところまで動いてきた。

中の一人の男の人が、墓石を元の位置に戻していた。

まるで段ボールの中にでも入って遊んでいるかのように

墓石に入ってというか、被っていた。

蓋の付いた墓石もあった。

別の場面では、

子供たちがたくさんいて

お祭りのような賑わいを感じていた。

今日は

また現実とかけ離れたようなビジョンです。

カツオに白身、墓石が軽い。

私なりに感じることは

今までの思い込みや概念を外すように

促されているということです。

最初の料理屋も、家紋と言うより

神社の御神紋、ご朱印だろうと思われます。

確かに

あり得ないと思うことが

起こり得ることは

体験済みなので

更に

制限を無くしていくことが必要なのでしょう。

風通しの良い家。

一本向こうはすぐ先に見える位置だったのに

大違いということですね。

いくら近くても

ほんの少しの意識の違いで

大きく異なる世界に住んでいるということになります。

新しいことをどんどん吸収して

柔軟に受け入れていけるほど

意識も拡大して広がっていき

新しい世界を感じることが出来るのです。

これからは風通しの良い方がいいのでしょう。

隠すことのない、ガラス張りのこころ。

墓石が動いても、こころはビクともしないくらいの

気構えでいれば大丈夫。

子供のようなこころで

お祭り気分。

2012年5月 6日 (日)

5月6日のビジョン・船

今日のビジョンは

大型の船にギュウギュウ詰めに

色んな人が乗り込んでいた。

次は中型の船に乗っていた。

昔懐かしい友人たちがいたり、手紙が届いたりした。

次は小型の舟に乗っていた。

子供たちに周りの様子を案内していた。

次はスリッパかツッカケで

自転車に飛び乗って

急いでどこかに向かっていた。

途中で、子供のころの同級生の直広くんとすれ違った。

その道は、私が通っていた保育園や小学校に向かう通学路だった。

今日は3つの船が登場しました。

大型は、社会。

中型は、友人。

小型は、家族。

人間との関わりの範囲を表している気がします。

それぞれの船に乗っている意識が

違っていました。

小さいほど、安心して、落ち着いて乗っていられました。

最後の場面は

生家から学校に向かう通学路です。

急いで、、、というので思い当たるのは

短期間に凝縮して様々な体験をくぐり抜けて来たということでしょうか。

常に子供の時から、周りに同じような体験をした人がいないということが

付いて回りました。

話をしても理解されないジレンマを感じることが多かったですね。

最近やっと、いろんな人たちとの出会いの中で

私の体験が、大抵その人のどこかと重なる部分があるので

私には共感出来るのです。

相手を理解出来る自分でよかったと思えるし

それぞれの体験が活かされているのを実感すると

人生すべてが報われる気がします。

2012年5月 5日 (土)

5月5日のビジョン・行事

今日の最初の場面は

葉わさびを探していて 誰か年配の女性が

そばにいる感じがあった。

すぐ葉わさびが手に入ったが

貴重なので 2本ほど茎の部分から採って

さっと茹で お浸しにして 包丁で切って お皿にのせた。

今までと違う味付けにしてみようと レシピを考えていた。

ぱっと場面が変わると

先ほどの女性と思われる人が

取材を受けていた。

カメラマンが 

その人の最高の笑顔の瞬間を撮影する場面で

一幕終了。

次の場面は

海か湖か池のような水面に島か大地を浮かべて

その上で 女性たちがダンスを始めた。

私の方から見て 島か大地を浮かべた位置が

少し右ずれたということが分かった。

もう少し左の位置で踊るはずだったので

落ちないように 気を付けながら

ギリギリのところで 踊っているのをハラハラして見ていた。

そうしていると

小さなタキシードを着た男の子が

海の方に向かってハイハイをしていくのが目に留まった。

すると落ちる寸前のところで その子のお母さんが

その子を抱きかかえて助かった。

そのうち 右寄りだったために

2人ぐらいが 水の中に落ちてしまった。

ところが、足をついたら 意外と浅くて

腰から下が水に浸かる程度だったので

ほっと安心した。

私はというと 岸に座って それらの様子を眺めていた。

後ろに 真っ白なドレスが置いてあって

誰かが

「ここに置いていたら濡れるから どこかに除けておいたらいいよ」

と言ってくれたので

周りを見ると

小さな祠か 神棚のようなものがあって

そこしか 置くところが無かったので

「失礼します」といって

その前に置かせてもらった。

皆がダンスを終えて 戻ってきた。

なぜか私も一緒に着替えていた。

結局 そのドレスも 濡れていた。

そして 私は 月経(生理)だということに気付いた。

それで、私はダンスに参加しなかったのだと 

思っていた。

今日のテーマは行事や習わしに関することのようです。

葉わさびが、毒消しで、邪気を払うものであるように

端午の節句に、関係しているようです。

調べてみると

元々、女性たちの節句だったとのことで

ビックリしてしまいました。

田植えの前の邪気を払う行事だったようです。

踊っていたのは、女性ばかり。

一人だけ、小さな男の子。

今と昔の行事が入り混じっていたのでしょうか?

私が「生理中」ということだったのですが

書かなくてもいいかなと思いつつ

いちおう「月経」を調べてみたら

労働基準法で「生理休暇」が決まったのが

「1948年5月5日」ということで

これまた驚いて、書くことにしました。

「生理休暇記念日?」

それと、「生理」の時、「女の子の日」と言い換えることもあり

今日は「男の子の日」のはずが、元は「女子の日」だったという

メッセージにも受け取れます。

さらに昔は、生理中の女性は

神仏の祭りには穢れや不浄のものとして

参加することを許されなかったというのも

関係しているようで

私がなぜ白いドレスが用意されているのに

参加せずに見ているだけだったのかも理解出来ました。

神仏の行事には白い衣装を身に纏うので

きっと 昔は今のような生理用品もないでしょうから

汚してしまうので、穢れるとの意味なのかなと思いました。

意識も穢れるというか 通常より精神的にも肉体的にも不安定で

ネガティブなエネルギー状態になりがちです。

岸の傍にあったのは

田の神様の祠だったのでしょうか?

海か湖と思ったのは、田植え前の水田だったのでしょうか?

深いと思っていたのが

意外と浅くて「え?海じゃないの?」と思ったのです。

田植え以前に 準備段階として 穢れを払う行事まであったとは

昔の人の信仰心の深さを感じます。

祭り・祀りから祭日。斎・祝い・祝日。

信仰心から神仏への感謝が生まれて

自然への畏敬・崇拝の気持ちが

当たり前に身についていたのでしょう。

清らかな水で育った植物は 心の穢れを払ってくれるのですね。

人が手を加えるときは、身を清めて、自然の波動により近い状態で。

育てるときや、収穫するときには、感謝の気持ちでいただく。

楽しい気持ちや喜びの気持ちで、作業をしたり

人の喜ぶ顔を想像しながら、料理をすると

本当に美味しいものが出来上がるのです。

今日は、蓬を摘んで、お団子を作りますよ。

 

2012年5月 4日 (金)

5月4日のビジョン・食べ物

今日の最初の場面は

1階でレストランが営まれている建物で

私は自適さんと一緒にその建物の2階の部屋に居て

ゆっくり過ごしていた。

次の場面は

4人家族の人(お父さん、お母さん、子供2人)がいて

他にも数名いて

みんなで集まって食事会をする場所が

どこになるのかと待っていた。

決まった場所は

年配の女性が1人で自然食の料理を提供しているところだと分かった。

みんな楽しみにしてそこへ向かった。

出された料理を、さっきの家族連れの子供が

「おいしいから、お母さん、家でも真似して作ってね。」と

言っていた。

私も、自分で作ってみようと思っていた。

次は、体育館のような建物の中で

みんなで手をつないで輪になることになった。

私は体育館の舞台側から「ぴょん」と跳び下りた。

右側に、SMAPの香取くんがいた。

その後、場面が切り替わり、舞台のところに

食事が並べられていた。

その中に「たらいに入ったうどん」があった。

なんと、若い男性達が、その中に鼻水を飛ばして入れていた。

「ええ~!?きたな~い!」とビックリしつつ

うどんをキレイに洗おうと手を差し伸べたところで

目が覚めた。

今日は、食べ物に関するものです。

心のこもった手作りの料理は

とても美味しくて、子供にもちゃんと伝わっているし

私も再現してみたくなるものでした。

逆に

うどんに鼻水・・・そんな場面を

想像したこともないんですが

食べ物を粗末にする現代人を象徴しているのでしょうか。

2012年5月 3日 (木)

非公開ビジョンとフォトアルバム

今日は、祭日ということで

お休みというわけでもないのですが

ほとんど記憶に残っていないのと

知り合いに関するプライベートな内容が

伝えられてきたので

機会があれば、本人にお伝えすることにさせていただきます。

代わりにといっては何ですが

フォトアルバムを作ってみましたので

よろしければご覧になってみてください。

随時アップしていきます。

2012年5月 2日 (水)

5月2日のビジョンの流れ

今日のビジョンは、田舎の祭りが行われるとの事で

若者たちが帰ってくる様子から始まった。

ひとりの若い男の人に「みんな帰って来るんですか?」と聞いたら

「ほとんどの人が祭りのために帰ってくる」と返事があった。

そして祭りのシーンになった。

道いっぱいに横に一列になり、それが何列にもなって

後ろから押し寄せるような形だった。

私の意識は、後ろ向きになって

勢いよくこちらに向かって来る列を見ていて、道の中央の空間に存在していた。

盛大に行われる祭りの様子を見ていると

確かに田舎のお年寄りたちに混ざって、多くの若者たちがいるのが見えたので、

本当にみんな帰ってきているのだなと思っていた。

次のビジョンは、介護施設や病院もある、クアハウスのような温泉施設だった。

お年寄りや病気の人もいる保養・療養目的の利用と

一般の温泉客として利用することもできたので

私は若い人たちの仲間6,7人と

温泉に行っていた。

待ち合わせをして、温泉から歩いて、どこかに向かっていた。

次に、どこかの施設にいたら、お祖父さんとお父さんが、子供が行方不明だとのことで

施設の人が「○○さんと○○さんが、○○くんを捜しています」と

アナウンスしている場面が短く映った。

私は何故か、お父さんの意識だった。

○○さんと名前を呼ばれた時、自分だと思った。

次の場面は、「Kinki kids」が1曲まるごと最初から最後まで

歌っている様子が流れて来た。

バックダンサーが4人いて

それぞれの髪型がキレイに整えてあるのが、クローズアップされて映されてきた。

横にも2人ぐらいいたが、演奏している人なのか、よくは分からない。

全員、とてもスッキリして、爽やかな感じで洗練されていると思った。

次の場面は、20人ぐらい舞台の上に、横一列に並んでいた。

向かって左から順番に

顔の大きさ順に並んでいるというのが伝わってきた。

見てみると、けっこうバラつきがあるので

おかしいなと思っていたら、

ひとりの男の人が物差しか巻尺のようなものを顔に当てて測り出した。

目の下のラインから、唇の下までを

自分で測っている様子が、長々と映し出されていた。

顔全体の大きさではないのだなということが分かり、

バラつきがあるのが、理解できた。

ひとりの男性が測り終えると、順番に同じ測り方で、計測が始まった。

そして、大きい方がいいらしいということも分かった。

今日のビジョンは

バラバラなようで、繋がっている気がします。

お祭りと、保養施設、ステージは、20代から30代の若い男性たちが主体でした。

みんなスッキリして、若いパワーがみなぎっていました。

見ているコチラも、元気になる感じでした。

ステージの場面は、「Kinki kids」で

2人とも「堂本姓」で

「堂」は、たくさんの人が集まる建物、神仏を祀る建物を表していて

「剛」は「つよい」「光一」は「一つのひかり」です。

今日のビジョンは

「人が集まる場所」「舞台(ステージ)」がテーマのようです。

ただし、子供が行方不明というのは

「Kinki kids」の「キッズ」は子供たちという意味なので

まだ、集まっていないのかもしれません。

捜していたのは、祖父と父親でしたが

私が父親の意識だったのが

どなたの意識が関わっていたのだろうか?と

興味があります。

最後の舞台も、ステージ。

学校の体育館のような場所でした。

顔の一部を測っていたのは、鼻の部分を指しているので

鼻から産まれたとされている「速・猛々しい」

「スサノオの命」に関係しているのではないかと

自適さんが言ってくれました。

祭りに参加する人たちは

勢いのあるつよい一つの光に集まる

爽やかスッキリのパワー漲る人たちなのでしょうか?

ちなみに

「Kinki kids」の最新曲を調べたら

「変わったかたちの石」という歌らしい。

「堂」の「神仏を祀る建物」というのも

祭りに関係するし

「剛」は「猛々しい」にも繋がります。

一つずつのビジョンでは、意味が分からないですが

全体を観ると

それぞれが繋がりをもっているのを

書いていながら気付きました。

2012年5月 1日 (火)

5月1日のビジョン・新芽

今日のビジョンは、最初に子供から大人まで

たくさんの老若男女がいる場面から始まった。

各分野の先生がいて、一人ずつ教室にいて、ドアは開放してあって

それぞれ好きな教室を見学できるみたい。

楽しそうな和やかな雰囲気だった。

次の場面は、飛行機が離陸するところだった。

大阪辺りのような感じ。

港のような、道路のような場所、よく分からないけど

空港ではない場所から、いきなり発進したのに驚いた。

次は、私の仕事に関するものだった。

最初の場面は、新しい学びのスタイルのような気がしました。

時間も年齢も分野も関係なく

いろいろ見て回って、興味のあるところに参加するという感じ。

週に1回でも、このようなオープンスクールでもあれば、楽しそうだなと思います。

次の飛行機は、空港ではないところから飛んでいったので、ビックリしました。

私の意識は、それを眺めているものと、乗っているものとの、両方の感覚がありました。

いきなり発進したものだから、飛行機に乗れずに「あーっ」と叫んでいる人が見えました。

いつ何が起こるか、分からないものです。

分からないといって、たくさんの情報を集めて

情報に振り回されて、混乱すると、元も子もありません。

今日から5月。

新芽がどんどん伸びてきて、まるで自然が息を吹き返したようにも見えます。

冬の間、眠っているようで、しっかり栄養を蓄えて、準備をしていたのですね。

人も、自然界の影響を受けていますから、新芽が吹き出して来る時期です。

五月病に気を付けましょう。

1年という大きなサイクル。

一巡りするごとに、どれだけ成長しているでしょうか?

冬の間、準備を怠らなかった人は、新芽をどんどん伸ばしていけるのでしょうね。